ZERO HOUR
「・・・前に連中の計画潰したとき、中央で表彰されたじゃないですか」
「…行ってたな、そういえば」
けれど、その時に反して何故か今はやたら気持ちが凪いでいる。
「あん時、あのおっさんに声掛けられたんですよ。部下にならんかって」
そう続ければ、無言で視線だけがこちらを向いた。
『君はなかなか優秀なようだが、本当にあれの狗のままで良いというのかね』
向こうはこちらのことなど全く覚えてはいなかったようだが、昨日顔を合わせて、不意に2年前に掛けられた言葉をはっきりと思い出してしまったが、あれも酷かった。
大佐があの将軍を嫌いな訳がわかる。
場の雰囲気を読むことは無く、自分の発言が回りにどう影響するのかを全く考えていない。のに、不思議な事に何かちょっとアレだ。
もしかしたら、なんだろう、こう…悪気はないというか、ノリで言ってるというか。中央で上司に絡んでくる上層部の、ほんと干涸らび寸前の連中に比べたら毒気が足りないというか。
あんな粘着系を通り越して何か違う生き物みたいな嫌な気配はない。基本的に視界が狭いだけで、裏で何か画策したり、私服肥やしたりするのを思いつかない人間なのかもしれない。家が安定しているらしいので地位はそれなりだが。
蹴り落とす為の突く所が今の所見当たらないのが、きっと更に鬱陶しさに拍車を掛けているんだろう。(この上司にとっては表裏があって、どろどろしてて、背後で色々してくれるようなタイプの方がやりやすいに違いない。基本的にそちらの方が思考が読みやすいから)
しかしそれを頭で分っていても、きっとその時その場にいた日には、今頃よくて懲罰房とかじゃないだろうか。
目の前にいるはずの自分を映さずに、何処か遠くを見ている目をする。
東部へ配属になった最初の年は、そんな事を考えるような暇もなかったのだけど、思い返してみれば去年のこの時期も司令部内でも同じような雰囲気が漂っていた。誰も彼もが、似たような重い空気を。
それは普段であればこの無駄に色々満ち溢れている上官も例外でなく、不意に静かになることを。
それがあの内戦の残した傷だと知った今では。
「おっさん全くオレの事覚えて無かったですけど。あの時オレがなんて言って断ったかわかります?」
昨日はっきりと思い出したあれにつられたように、もう一つ思い出したことがある。
かつて、この人に告げられた事を。
そして、この人に着いて行く事を覚悟決めたあの時のことも。
しばらく視線を合わせていたかと思うと、ふ、と視線が緩んだ。
「知らん」
全然興味ありません、とあからさまに主張するところが天邪鬼というか、負けず嫌いというか。
「そんな事言って実は気になるんじゃないですかー?」
「気にならん。・・・というより、意味が無い」
意味が無いって。
「どういうことですか?」
問いかけを投げたはずが、逆に問いに捕まった。
本当にこういった駆け引きに弱いたちだ、とは分っていても気になる。
どうしようかな、みたいな顔をして答えようとはしないのに焦れてもう一度促せば、にんまりとしか表現できない顔を正面から拝む事に。
う、嫌な予感。
「例えば。お前が振られたり、しょうもないミスで飛ばされそうになったり、死にかけたり、女に逃げられたりしたとしても」
「・・・ちょっと。なんでそんなマイナス話ばっかなんですか。しかも何気にいらんこと2回言いましたねこんちくしょう」
「細かい事を気にするな」
「気にしますよ!!つか誰のせいだと思ってんですかー!」
「お前に甲斐性がないだけだ。多忙を言い訳に出来ると思うなよ」
ひでぇ…!
そう、コレだ。フランカーのおっさんにないこの感じ。天然にいらんこと言いなわけではなく、何処を抉れば一番痛いか熟知したこの手。
「・・・今しか言わんが、聞く気はあるのか」
「・・・・・・あい。あります。ありますけど、ちょっと待ってもらえますか・・・」
ちょっとどうしようもない虚脱感に苛まれつつ、何とか身体を起こせば、笑っているようで、笑ってない笑みにかち合う。
背筋に何かが走ったような気がした。
「――――お前がどういおうと今更手放してやるわけにはいかん。 お前はあの時から私の駒だ。必ず呼び戻す」
だから意味が無い。
そう区切ると、彼は今度は、今までにないほど柔らかい笑みを口元に引いた。
「一度飼ったら最後まで面倒を見なければな」
ああ、もう、これだから。
「・・・お手柔らかにお願いしますね・・・」
最初から、逆らえる訳はないのだ。
さよなら、ありふれた平穏な日々よ。
恐らく、あの時が始まりの時間。
この先何があったとしても、どんな分岐点に立たされるとしても、結局最後は同じところへ辿り着く。
そして、その先にいつか見るのは――――。
End