ZERO HOUR
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「・・・私は昨日から出張に出ている筈なんだが」
硬く閉ざされていたはずの扉が僅かに開いていた。
扉から覗く瞳は非常に不機嫌そうではあったが、別段顔色はそんなに悪くは無い。
「お前、警備はどうした」
「オレも出張ですよ、今日」
ここしばらく食ってない上司の様子見て来いって、中尉から。
「入れてくれませんか?」
材料持ってきたんで。
抱えてきていた袋を見せると、しばらくして一つ息をつく気配がした。が、やがて僅かな間を空けて扉が開いていく。
どうやら関門は通っていい事になったらしい。
お邪魔します、と言いつつ上がりこむ。無駄に広い玄関からすぐの居間を覗き込めば、また面倒がってソファで寝起きをしていたらしい跡がありありと。というか見事な散らかり放題っぷりで。
「・・・こーゆーとこ無駄に男らしいっつーか」
「何が言いたい」
「大佐が女の人家に上げないのって物理的に無理だからでしょ」
「…帰るか?」
「すんません酒瓶で殴られると流石に血が出ると思います」
無表情に振りかぶってる所が更に本当にやられそうで怖い。何か顔にあんまり出ていないが、もしかして酔っているのか。表情だけならいつも通りなのでさっぱり分らないが、それならそれでもうさっさと気を逸らすしか。
「つまみ作りますんで座っててくださいよ」
ほらこれこれ、と袋を揺すれば、しばらく袋とハボックの顔を交互に眺め、やがて比較的素直にソファに向かってくれた。セーフ。
「あ、今度はレーションは持ってきてませんからー」
「当たり前だ、ばか者」
聞いてないと思って言ってみたが、最速で返事が返ってきた。よっぽど嫌だったらしい。
大佐が自宅に強制殴り込みをかけてきた当日、こそこそ帰ってきたは良いが、狭い・汚い・臭い(タバコが)と物凄いダメ出しをされた。しかも晩飯になりそうなものがなかったので、しょうがないので非常食(十分非常時だと思うし)を出してみたら、これがまた大不評。
『何でこの後に及んで野戦食なぞ食わねばならんのだ!!』
『だってほんっとに何にも用意なんてないですもん!うち非常食ってこれっくらいしかないんですよ!』
『缶詰くらい置いておけ!しかも期限切れてるじゃないか!』
『期限切れで廃棄対象になってた所を勿体無いんで貰ってき』
『管理担当が数が合わんと喚いていた原因は貴様かー!!』
・・・思えば初日から大混乱だった。(ちなみにその後、階下の後輩連中の所へ殴りこみを掛けて略奪…もとい接収したのは言うまでも無い)(大ブーイングだった)
が、文句を言っていたのは最初だけで、意外と順応力の高いこの上官は馴染んでしまっていたのだが。
まぁ、今はソファに沈み込んで、手持ち無沙汰にグラスを手慰みにしている上官にもかつてあんな風に暮らした時期はあったんだろうけど。
「お待たせしましたー」
適当に買ってきたつまみを並べてローテーブルの上に置けば、指は真っ先にオリーブを浚って行った。
皿ごと。
「・・・大佐、まだありますから」
たまに子供のような事をするのに気付いたのも、つい最近だ。
そして、他にも。
普段は口から先に生まれたんだろうと言われるほど、口を開けばこの上なくすべらかに捻くれた答えばかりが返ってくるのに、本当は沈黙が苦にならないタイプだ、とか。
因果なめぐり合わせで振って湧いた同居期間。
その中で知ったことだ。
「あんまり飲んだくれてると中尉に言いつけますよ」
「…お前何でも中尉に言えば済むと思ってないか」
「大佐に関してはそれが一番手っ取り早いって、中佐が」
「あの馬鹿・・・」
すいません、中佐。
まぁ大佐に噛み付かれるのは慣れているだろうから大丈夫か。
「――――中佐、来られてましたよ」
何に、と言わずとも通じるはずだ。
「あのムカつく将軍のお供に借り出されたらしいですよ」
「あいつ、この間の容疑者の身柄を引き取りに来たんじゃないのか」
「それも兼任で」
「仕事熱心で結構な事だ」
フン、と鼻を鳴らすと一息にワインを煽っている。
―――少尉、聞きました?
何を。
―――あのフランカーとかいう中央のおっさん、言いたい放題やってるみたいですよ。
やりたい放題してんのお偉いさん皆いつものことじゃねぇか。
―――面倒ですよねー、接待担当って。…でもちょい気分悪くて。
・・・何でまた。
―――・・・大佐が、
大佐が?
―――大佐が「大佐」になれたのは、タイミングが良かったとか、だから「焔」を選んだとか、でっかい声で…。・・・東部って、大佐だけじゃなく、イシュヴァール行った人多いじゃないですか。…慰霊祭のこととか考えたら、もーたまんなくて。
・・・そりゃたまんねぇな。
―――…でしょ。
その時は、本気でその場にいなくて良かったと思った。