ZERO HOUR
事の起こりは一通の封書だった。
軍に届いた、とても短いラブレター・フロム・テロリスト。
まぁ脅迫状や予告状の類なら、司令部には年がら年中届く。大多数はただ言っているだけ、の悪戯目的兼嫌がらせのような物が多いのだが、中にはホンモノも混じっている事がある。
面倒な作業ではあるが、日々それは今活動中のグループか、過去に起こした事件は、構成員は、と大量の情報の中から合致する物を捜しだし、本物である信憑性の高い順から警戒にあたる、という事の繰り返しなのだが。
今回引き当てたのは、(本物であると仮定するのなら)結構メジャー所だ。テロリストにメジャーもくそもあった物ではないが、やはりそれなりの組織力を持ち、あちこちで列車ジャックだの爆弾テロだのを仕掛けている大きなグループは厄介なのである。
今回、予行というか警告というかを出してきたそこは、元はと言えば昔から少数民族の先住の権利と自治を強く主張する一派だったが、イシュヴァールの内戦以降急激に台頭してきた所で、構成員にも彼ら東部の砂漠の民が多く加わっているという。
メイン活動拠点は勿論ここ、東部だ。
「『虚構の平和に惑う東の都に裁きの花を』、だったか」
「なんであーゆー連中って詩的というか、文に凝るんですかね」
目の前で繰り広げられる、上官たちの面白漫才(思っていても誰も口に出さないだけで皆気持ちは同じだと思っている)を眺めながら、リプソンは手元に攫ってきた資料を眺めた。
連中の手は爆発物を使っての施設の破壊、要人誘拐、etc.やっている事は典型的だが、引き際を読むのに長けているのか、単に人を使うのが上手いのか、近年ではトカゲの尻尾切りの如く雇われ下っ端くらいしか捕らえられていない。
ので、決定的に情報が少ない組織の一つでもある。
「さて、どう出てくるか」
「狙う場所だの人だの、これといった特色がないんで的が絞りにくいですね。まぁ、でも…」
傍らに陣取った同僚の分隊長は、ちらりと飽きずにもめてる一団を示す。
「うちのボスは標的にはされてるでしょ、基本的に」
「…東部の旗艦みたいなもんだからな」
たとえ手足として使ってしかるべき部下とかと平気で同レベルでやりあってるような上司でも。
外から見れば瘤以外の何者でもないだろうし、まず標的になるだろうことを想定の内としているからこそ、今あーやってモメているのだが。
「…お、そろそろ決着ですかね」
フルメンバー揃った東方司令部・マスタング大佐直属の面々はどうやらボスのご意見に賛成のようだ。
まずは司令部きってのブレイン、ブレダ少尉が手を打った。
「いや、真面目な話、丁度良いかもな」
「方向的には大佐のうちと一緒だし」
「カムフラージュになりますね」
「人通りも多くて紛れやすいし、裏道へも抜けられる」
「アパートの下、お前んとこの隊の奴何人かいるだろ?」
「・・・そーだけど」
「てことは、いざとなったら手数も揃えられる」
「中尉の家も、オレの家も割りと近い方だし」
「便利ね」
「便利だな」
「ですね」
一本、だ。
全会一致により、反論の余地もなかった。
「…嫌いだ、民主主義」
「なら上官命令」
「もっと嫌いだ、縦社会」
往生際悪くボソボソと呟く様が哀愁を漂わせているが、そんなものが周りのメンツに効くわけもなく。
「つべこべ言うな。ほら、帰るぞ」
あわれ、生贄はこうして確定してしまいましたとさ。