ZERO HOUR
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「ぅいーす」
「・・・・・・少尉、どしたんですか、そのカオ」
何かクマ出てますけど。
思わず口に運ぼうとしていたスプーンも止まるというもの。心なしか微妙に視線の空ろな小隊長殿はヨロヨロしながら馴染みの一団の端に座った。
「どーもこーもねぇっつの…」
何だかこのまま机にめり込みそうな勢いで凹んでいる。トレーを避けて置いたきり突っ伏した彼の耳には食堂の喧騒も入らないらしい。
・・・この症状にはちょっと見覚えがあった。
隣に座った形になったヘルトリングは向かいに座った直の上官、レッキー曹長と視線を交わす。
アレですかね。
アレかもな。
無言のアイコンタクトが成立する。それから放っておいた方が良いか否かに移りかけた時、止める間もなく周りの面々が突っ込んだ。
「何すかー少尉。そんな落ち込んじゃって」
「もしかしてまた振られちゃったりしたんですかー?」
しかもえぐるとマズそうな所を直球だ。OH!と思ったが・・・まぁ「彼女出来た!」とたいそう舞い上がっていたのから、まだ2週間だ。いくら少尉でも流石に短い。誰もがいくらなんでもそれは無いだろうと思いつつ、冗談半分振った話題に、返事が、返ってこなかった。
「・・・え?」
「…は?え、マジ、で?」
・・・・・・。
一瞬の沈黙の後。
「やった!オレの勝ちー!」
「うっそありえないでしょ、ちょ、しっかりしてくださいよ少尉ー!」
「いっそワザだよなー。…1000センズ」
「ああオレの昼飯代…」
食堂の一角に悲喜こもごもの悲鳴と怒号が入り混じる。
「・・・ お 前 ら な ・・・!!」
普段は飄々としてたいていの事は流してしまうのだが、流石にスルーするには傷が新しすぎたらしい。何か他の部署の面々とか混じっているような気がするが、きゃーきゃーと数人が逃げていく。
逃げそこなった何人かに一発くらわせて気が済んだらしいが、戻ってきてドコンとやはり机に伏せてしまった。
「…マジメな話、早かったですね。何が原因だったんですか」
「・・・・・・放っておいたつもりはねぇんだけどなぁ…」
・・・ああ、なるほど。
「私と仕事どっちが大切なのよってアレですか」
ただ面白がっていた雰囲気に、ちょっとばかり同情めいた空気が混じる。身につまされた話な連中は少なくない。ぶっちゃけこんな因果な仕事なので、状況によっては何日も会うことすらままならない、みたいな状況に陥ることは誰しも経験済みだ。
「少尉昨日まで普通だったでしょ。もしかして昨日の夜とか?」
「…いきなり夜部屋まで来て何だと思ったらあれだよ…もー信じらんねぇ…」
間の悪い事に付き合いたての時期に被ったのも痛かったんだろう。ある程度のお付き合いが進んでからだとただの火種の一つで終わるかもしれないが、今回は致命傷になったようで。
・・・なんか、わりと女にはウケよさそうなのに。ホントにこの人運悪いというか。
「ご愁傷様です」
「ううぅぅ・・・」
「・・・てことは、大佐もばっちり聞いてたって事ですよね」
そういえば今現在進行形で、ここ東方司令部のボスが間借りしてる(…変な感じだ)ハズだが。そんな部屋まで来られたということはすべて筒抜けってことで。案の定こくりと頭が動く。
「・・・なんか、よっぽどだったらしくて、逆に慰められたつーかフォローされたという・・・」
それがもー余計変なダメージで…とか何とか呟いている。
まぁそれはそうだろう。
マスタング大佐といえば、こういった場面(わりとよくある)に遭遇すれば真っ先に甲斐性なしとかいって笑い飛ばしてくれるようなタイプだ。特に少尉に関してはその辺りは容赦なく。
その大佐をしても、フォローに回らざるを得ないような落ち込みっぷりだったというのは想像に難くないが・・・。
「・・・・・・。お前ら、面白がってるだろ」
「…気のせいですよ」
微妙な間を空けてリプソン曹長がそうことわったが、誰もハボックと視線を交わそうとはしなかった。