華音の女王(アルエド+ハイウィン+オリキャラ)
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ある時私たちはお父さまに呼ばれて、お父さまの私室にいた。
「───なあエーデルハイト、エルリック家いらねぇか?」
ソファに座って暫く雑談をした後、唐突にそう言われて、私はきょとんとした。
「エルリック家を、ですか?」
「そ」
にっこり笑って頷いたのは、父の従兄弟でこの国の王でもある「お父さま」。
長い長い綺麗な金髪を、使い込まれた深紅の飾り紐で一つに括っている。
「どうして、私に?」
「ジークムントにはロックベルの家が、ユリアーヌスにはハイデリヒの家があるだろう?だからオマエに、エルリックの家をやるよ」
「兄さんそんな、おもちゃをあげるような感覚で言うのはどうかと思うけど」
その横に座って苦笑いしているのはお父さまの弟で、同じく父の従兄弟である「お父さん」。
祖母似だったらしい父とお父さんは、瞳の色を除けば鏡に映したように面差しも声もそっくりだ。
ちなみに私もその血を濃く受け継いだようで、顔立ちは父にとてもよく似ている。
性格は…どうだろう、両親の持ち合わせているものを上手くミックスした感じだ、とは思っているのだけれど。
「…つまり、私にお父さまの跡を継げ、ということですか?」
「まあ、ありていに言えばそういうことだな。どうだ?」
「ええ、私で良ければ」
「うん、じゃあ決定な」
あっさり頷いたお父さまに、私の両側からすごーい、とユニゾンで声が返ってくる。
「姉さん、やりましたね。これで嫁入り先の心配は無くなりましたよ」
「…ユーリ、それでも結局婿養子を取ることになるんだから、大差ないと思うわ」
「だけど姉上、お父さまの家を継ぐのなら、ぼくみたいに名前が一つ変わるだけで済むでしょ?嫁に行けば、隠し名も王族名も名乗れなくなるし」
「あのねジーク。言っておくけど、私は名前にこだわっているわけではないの。…そりゃあ、せっかくお父さま達から戴いた名前を名乗れなくなるのは嫌だけど」
顔立ちは母そっくりに生まれた、一つ下の双子の弟たちにそれぞれ返し、ため息をつく。
「私はただ単に、父上達やあなた達と離れて暮らすのが嫌だから、遠くに嫁ぐのは御免だって言ってるだけよ」
私は自他共に認めるファミリーコンプレックス、つまり『家族大好き人間』だ。
この家族と遠く離れた土地で暮らすなんて事態になるくらいなら、どれだけ大切な人が出来ても結婚できなくていい、と思うくらいには。
…一応私も年頃の娘の端くれだから、好きな人、というのはいるのだけれど。
「───でも、なぜ急にそんな話を?」
首を傾げた私に、にこりと満面の笑顔。
足を組んだ上に左手で頬杖をついて、お父さまは言う。
「それがさ。ラングがだいぶ年取ってきたせいか、外交公務で国外を回るのがしんどそうで」
「確かに…通訳で一緒に回ってる父上が、最近は出来るだけ負担のかからないスケジュールを組んでますもんね。僕、書類整理手伝ってるから知ってます」
こくりと頷いたのは、私の左隣に座る下の弟───ユリアーヌス。
父同様に語学堪能な彼は、成人した今年から左の府で職務の手伝いをしている。
性格も父に似て穏やかで優しいけど肝の据わった子で、私たち3人姉弟の中ではおそらくこの子が一番賢いだろう。
生まれた順で行けば末子になるが、将来ハイデリヒ侯爵家を継ぐのはこの子だ。
「だろ?だから引継期間を考えて再来月辺りで引退させて、老後はお茶を片手に奥方のお菓子でも食べながら、のんびり過ごさせてやりたいなーって」
「ああ、ラング夫人の焼き菓子は美味しいですよね!ぼく今、夫人の所に作り方を習いに行ってるんです」
はいはーい、と元気良く手を挙げたのは、私の右隣に座っている上の弟───ジークムント。
この子はユリアーヌスとは逆に母の性格を受け継いでいて、天真爛漫で活発。
冷静なユリアーヌスと比べれば子供っぽいところがあるけれど、誰とだってすぐにうち解けて仲良くなれる特技を持っている。
あれは先月だっただろうか、たまたま立ち寄った銀行で強盗と鉢合わせてしまった際も、この子が説得したおかげで被害はゼロだった。
後で母にこっぴどく叱られていたけど、この子の人を陥落させる手腕は良い意味で最強の武器だと思う。
「あー、オマエが時々屋敷から脱走してるのは、そういうことだったんだな…」
「お父さま、ぼくは脱走してませんよ!ちゃんと母上とお父さんには言ってます。ね、お父さん?」
ジークムントに話を振られ、お父さんが頷く。
「うん、ボクが勧めたんだ。ボクより夫人の方が、菓子づくりもずっとお上手だしね」
「料理はお父さんに教えてもらってますけど、菓子づくりに関しては夫人の所へ習いに行きなさい、って言われたんです」
「なんだ、じゃあジークムントの脱走にはアルが一枚噛んでたのか」
「だから脱走じゃありませんってばー」
ぶう、と拗ねたように下唇をつきだしたジークムントに、お父さまが解ってるよ、と笑う。
「ジークムントの夢は『家族や患者に美味しいご飯を作ってあげられる伯爵になる』、だったもんな」
「そうです、そのための努力なんです!お父さまにも、いつかごちそうしますね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
母方の実家であるロックベル家は、王家の傍流の伯爵家でありながら代々医者を輩出しており、母も当代の王であるお父さまの典医を務めている。
ジークムントは伯爵家が民衆の為に開業している診療所を継ぐことを決めていて、母から医学知識の教えを乞うている真っ最中だ。
「……ていうか、左宰相さまの引退云々については解りますけど、それと姉さんの跡継ぎ発言には何の関係が…?」
改めて尋ねたユリアーヌスに、お父さまが小さく苦笑する。
「いやー、エーデルハイトに教えられることは教えきったし、オマエ達も成人したからなぁ…国内も外交関係も充分安定してるし、そろそろいいかな、って」
「いいかな、って、何が?」
「うん」
物心付いた頃から殆ど変わらない、若く美しいままのかんばせで微笑んで。
「───再来月のラングの引退に併せて、オレも隠居しようと思って」
だからエーデルハイト、再来月からオレの跡継いで王様になってくれよ。
そう言って、お父さまは爆弾を落とした。
作品名:華音の女王(アルエド+ハイウィン+オリキャラ) 作家名:新澤やひろ