二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

スズメの足音(前)

INDEX|1ページ/13ページ|

次のページ
 
なんとなく掴んだ手を丁寧に正面から握り直されて握手になった。握手で別れるだけの青春は確かにあったかもしれないが違和感があった。でも、強く握られた手を見ていたら、一緒に体育館で過ごしたたくさんの時間が降ってきて、違和感が違和感でなくなった。
 自分より安定感のあるこの手にずっと助けられてきた。この手が拾ったボールを何度も繋いだ。最後には涙が溢れてきた。今日は事あるごとに涙ぐんでしまって駄目だ。
 夕日が別れを彩り過ぎた。なかなか止まらない涙を拭うため、自分から手を放した。





 折角作ったドリンクが排水口に吸い込まれていく。
 青いバンダナの三宅は空になったグラスをさっさと洗浄用のカゴに片付けて深い溜息をついた。
「菅原さぁ、前言ったろ?これはメーカー指定のロゴの入ったジョッキで作るんだって」
「でも、今ジョッキ冷えてるヤツないんでこっちでいいって……」
「冷えてなくてもそういうマニュアルになってんの」
「いや、だから、前に佐々木さんが冷えたグラスの方がお客さん喜ぶからって」
「人のせいにすんじゃねえよ。そういう判断はカンペキに仕事できるようになってからにしろ」
 無駄にしたグラスを片付けたっきり、三宅は腰に手を当て説教を始めた。新しいドリンクを作りなおして早く持って行かなければならないから時計が気になって、よそ見をした途端「マジメに話聞け!」と怒鳴られた。
 調理場とホール係の接点であるパントリーで立ち往生する二人を置いて他の店員は忙しなく動き回っている。団体客が飲み放題をつけている。ビールサーバーはフル稼働で業務用の洗浄機から返ってくるビールジョッキはグラス用冷蔵庫で冷やされる隙もない。
 こんなところで二人も油を売っていたら迷惑だろうな、と思うが、チーフの三宅に注意できる店員はあまりいない。
「すいませんでした」
 早く仕事に戻してもらおうと頭を下げても三宅は満足しなかった。
「あとさぁ、さっきもお前……」
 人での足りない“今”必要とは思えない説教を三宅が続けようとした時、盆にぎっしり空きグラスを抱えた細山がぬっと現れた。
「三宅さんそれ後にしてもらえます?っていうか菅原くんのトレーナー俺なんで言っときますから」
 いかにも重そうな盆で間に割って入り、食器返却代に乗せるとあっという間にグラスを洗浄カゴに収めてしまう。細山はバレー部員を見慣れた俺からすると高身長という程ではないが、しっかり筋肉の着いた肩周りのおかげか体型以上の威圧感がある。加えて、人の回転の早い居酒屋では古株で仕事も一番できた。
 テキパキ仕事をしながら話す細山に「でもな……」と食い下がろうとする三宅を制し、
「レジでエミちゃんがレシートロールの予備がないって困ってたんでお願い出来ます?多分レジ下に残ってないから俺か三宅さんじゃないと見つかんないと思うんで」
 空になった盆のカドで俺の背中をつついてドリンクカウンターに促しつつ三宅を追い出すことに成功した。
「さっき何作ってたの?」
「ヨンイチのハイボールです」
「ああ、あの人氷ナシでしょ?じゃあさっきと同じグラスでいいよ。冷えてるやつ」
 指示する間も手を止めず、次々に生中を作っていく。盆に並んだビールジョッキの液体と泡の境目が一定で美しい。
「ついでに氷アリでもう一個作って。イチサン運んでくれる?」
「はいっ」
「あ、そろそろ例の団体さん飲み放終わるから戻ってくる途中で時間見て、ラストオーダーいってきて。ちょっと人数多いけど菅原くんいけるよな」
 背中をポンと叩かれて反射的に「がんばります」と応えた。
 入れ違いにパントリーに入った女の子が漸く三宅から開放されたのを見取って「お疲れ」と労ってくれる。背中に親しげな「ちょっと細山さん聞いてよ」という声を聞きながら遅くなった4−1卓へ急いだ。

 店内が落ち着いた頃に従業員控え室へ戻った頃には汗だくでユニフォームの黒いTシャツが張り付いていた。オレンジ色のバンダナで額を拭いていたら、一緒に上がった細山に「タオル持ってきな」と笑われた。
「今日は災難だったな」
「バイト入ってから一番混みました」
「それもだけど、三宅さんに絡まれてたろ?」
 絡まれてた。やっぱり指導というよりそういうことなのだ。ハイとも答えづらくて苦笑いして誤魔化したが、誰も来ないからと細山は続けた。
「気にすんなよ。菅原くんが何かしたわけじゃないから」
「でも俺だけ、ですよね。目ぇつけられてるの」
 同時期にバイトを始めた女の子や他の店員が辛く当たられているところを見たことがない。
「それね、ホールの小宮さんいるでしょ。あの子のせい」
 小宮さんっていうのは小柄な美人で、俺より少し先輩の女の子だ。出身が同じ東北だとわかってから少し仲良くなった。
「三宅さん、小宮さんのこと狙ってるけどこの間アドレス交換断られたんだってさ。でも菅原くん、この間小宮さんの方からケイタイ訊かれてたでしょ?」
「あー……俺、別にそういうつもりじゃ」
「小宮さんもそんなガード堅いわけじゃないし三宅さんが警戒されてるだけなんだよな」
 言いながら細山の携帯に並ぶ小宮ゆき子の名前を見せられた。多分これを三宅は知らないのだろう。
「たまたま菅原くんが小宮さんと仲良くしてるの見たからって目の敵にしてんだよ。迷惑だよな」
 話しているうちに帰り支度を完了させ、シフト表をゆっくり眺めている。なんとなく、待っていてくれるんだとわかって急いで支度をした。
「この後予定ある?」
「大丈夫です」
「じゃあ飲みいこうか」
 二十歳になったばかりの六月下旬。居酒屋でバイトを始めてもう少しで一ヶ月。

 行き先はバイト先の系列店だった。人手不足の折にはスタッフの行き来があるおかげで細山は顔が利いて、唐揚げを一皿おまけしてもらっていた。
「へぇ、インターハイね」
「はい、今年は北海道なんで、母校の応援ついでに旅行するかってことになって、友達もそれぞれバイトして貯めてるとこなんです」
「すごいじゃん、菅原くんの現役の頃から強かったの?」
 はい、と頷くのを少し躊躇ってチュウハイのジョッキを揺らした。
「えっと、三年の時は」
「レギュラーだったんだ?」
 これもすぐに答えられなかった。その僅かな間で察したんだろう。間を繋ぐように残っていたアルコールを流しこんでおかわりを注文した。届くまでの間に甘い香りのタバコに火をつける。自販機やコンビニには売ってないから吸いすぎなくていいんだそうだ。
「人数の多い部じゃなかったんですけど、後輩にすごく上手いヤツがいて、スタメンはとれませんでした」
「スタメンじゃなくても出てたなら菅原くんもちゃんと強かったんだよ」
 試合を見たこともないのに言い切った。
「菅原くんてすごくマジメに練習してた方だろ?仕事も一生懸命やってるしわかるよ」
 あんまりそういうことを言わないで欲しかった。細山の声は親友に似ている。俺より低くて落ち着いていて、こうして近くで見ていると顔は似ていないのにどこか似ている気がする。多分骨格が似てるんだ。親友は細山ほど口数が多いタイプじゃなくて、三年間一緒にがんばってきたけどこんな風に正面から褒めたりすることはほとんどなかった。
作品名:スズメの足音(前) 作家名:3丁目