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ヘタレと爺ちゃん

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青い空、白い雲。絵に描いたような晴天に、この小さな村の住人は休日を伸びやかに過ごす。ある者は恋人とのデートを楽しみ、ある者は田舎道をのんびりと散歩し、またある者は大好きな音楽を聴きながら趣味に没頭する。時間はゆったりと流れ、人々の休暇の楽しみも千差万別だ。そんな車の通行も少ない片田舎を、猛スピードで駆け抜ける二人の男があった。
「イタリアァァァァァちゃんんんんんんん!!!!!!」
「ローマァァァァァ爺ちゃんんんんんんん!!!!!!」
ガシッと音がしそうな程に強く抱き締めあった二人は、何てことはない、ちょっとした事情があって離れて暮らす祖父と孫である。

「…何ですか?今の」
「我が村の名物ですよ、旅の方」
「……はぁ」
民宿の宿泊手続きをしようとしていた旅人が、車並みのスピードで走り去った青年(らしき者)に酷く面食らっていたが、そういう部外者の反応も含めて名物なのだと、民宿の女将がニコニコ笑った。
長期間この村に滞在中のイタリアと、時折彼を訪ねて来ては騒ぐローマは、近隣住人で知らない者はいない有名人である。それは何も、村の名物化する程に騒がしいコンビだから、という訳ではない。祖父ローマは偉大な超能力者として、孫イタリアは新進気鋭の画家として、元より世間で知らぬ者なしの有名人だからなのである。
「少し前から、ここにはイタリア君が住んでいますからね。ああして、ローマさんが訪ねて来るのよ。お陰様で、こんな何もない辺鄙な場所にまで、観光客が来るようになって…」
「イタリア……ああ、あの残像、ローマ様とお孫さんだったんですか」
漸く合点がいったように呟いた旅人を見て、女将は満足気に部屋へと案内した。



旅人が無事に宿を取った頃、例の二人は未だに熱い抱擁を交わしたままだった。
「爺ちゃん久しぶり~、兄ちゃんには会った?元気にしてる?」
「久しぶりだ~我が孫よ~。ロマーノには会ってないが、ちょくちょく手紙は来るぞ!元気にやってるそうだ」
「え?手紙って…爺ちゃんあちこち動き回ってるのに?」
「…手紙にゃ書いてなかったが、恐らく透視か何か出来る能力者とつるんだな」
「透視って言ったら…まさかフランス兄ちゃん!?」
「そりゃないだろう。フランスのセクハラ癖が完治でもしない限り」
「あはは、それもそうだね」
衆人環視の中、プライバシー打ち撒けトーク(話のネタにされるロマーノや、若干自業自得とはいえフランスはいい迷惑である)と抱擁を解いた二人は、村の住人と観光客に見送られてイタリアの自宅へと去って行った。





「で、今回は俺、何すれば良いの?」
「おう、今回は返し刃を連れて来て欲しいんだ」
アトリエにある描きかけのキャンバスを眺めるローマに尋ねれば、いつも通りの歯切れ良い声が返ってきた。
イタリアは画家としての芸術活動の他に、祖父ローマの奉仕活動の手伝いもこなしている。古美術商としてあちこちを転々とするローマは、知名度の高い超能力者であった。その力で多くの悩める人々を救う活動を展開しているため、周囲からは生きながらも神のように崇められている。それをローマ自身は好ましく思っていないようであったが、困っている人間を見捨てることは出来ない性格が災いして、その能力と人格は半ば伝説のように、現在進行形で語り継がれている。
幼い頃に死別した両親に代わって育ててくれた祖父へ恩返しするためにも、イタリアはそんな偉大な祖父の手伝いをするようになっていた。この小さな村に滞在するイタリアをローマが訪ねて来るのは、手伝って欲しい仕事の依頼があった時である。しかし、それはあくまでイタリアに出来る範囲内の仕事という条件付きであった。能力的に不可能なことは、依頼されたって出来ないものは出来ない。そう、今回のように。

「………へ?」
「だからな、巷でも話題沸騰中の返し刃を、俺んとこに連れて来て貰いたいの」
「ヴェェェェェェェ!?無理無理無理だよ爺ちゃん!!だって俺まだ童貞だし、喧嘩弱いし、童貞だし…!」
「大丈夫だ大丈夫」
「それに、連れて来るってことは…デッドオアアライブじゃないんでしょ!?絶対生け捕りってことなんでしょ!?ヴェー絶対無理無理無理ィィィ!!!」
「大丈夫大丈夫」
イタリアがヘタレであるということを差し置いても、返し刃という名に恐怖の反応を示すのは無理からぬことであった。
巷を賑わすその男は、鋭い刀を腰にぶら提げ、自身を攻撃するモノに対しては無差別に殺傷する“人間凶器”だと噂される。特定の場所に定まることのない流れ者だが、何処から出るのか金払いは実にきっちりしているという。そのため、伝説の殺し屋とも、妖怪変化とも言われ、その正体は全くの謎に包まれている。確認出来るのは、その凄まじい武術の腕前だけだ。確認できた者だけでも、腕に覚えのある猛者共を全て返り討ちにしている。そんな男を連れて来て欲しいという依頼なのだから、イタリアがビビって泣き喚くのも無理はなかった。今回ばかりはイタリア自身の命に関わるためか、笑って大丈夫と繰り返す祖父を心の底から信用出来ないでいる。
作品名:ヘタレと爺ちゃん 作家名:竹中和登