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返し刃の秘密

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ああ、また奇妙なことになってきた。ドイツは返し刃への警戒を解かないまま、密かに胃の辺りを右手で押さえた。
(どうしてこうなった…!過剰防衛による殺人を目撃したばかりだというのに、何故イタリアはああも平然と犯人に親しみを持って接しようとするんだ…)
心の中で自問自答しても、当然答えは見つからない。イタリアはもう場の雰囲気に流されて、返し刃の質疑応答の相手を務めようとしている。確かに、自分にも悪い人間には見えないのだ。少し怪しげだが。一瞬、自分も警戒を解いて問い詰めてしまおうかと思ったが、ドイツは頭を振った。
(コイツが無防備なのはいつものことだ。先程は遠目で見ていただけだから分からなかったが、一瞬にして2人の命を奪うなどということを可能にする…何かタネがある筈。俺もイタリアも殺意には敏感な方だし、少しでも怪しい動きを見せたら俺が消し炭にしてやればいいことだ)
いざとなれば自身の能力で相手を葬る覚悟をして、ドイツは返し刃に向き直った。

「と、その前に場所を移動しませんか?ここでは騒ぎに巻き込まれます」
転がった死体を一瞥した返し刃が、返り血を拭いながら無表情でのたまった。
たった今何かあれば殺人を覚悟した自身が人のことを言えないが、人の死に慣れている人間の目というのはこうも無機質で冷たいものなのか、とドイツは思った。真っ赤な死体を映した筈の真っ黒な瞳は、正当防衛とはいえ人を殺めたことへの罪悪感も後悔も興奮も恐怖も哀しみも、どんな感情も浮かべる様子はなかった。

「それは良いが、これはそのままにするのか?」
「きちんと穴でも掘って葬りたいところですが、私には時間がないので」
「時間がないって、急いでるの?」
「あなた方のお相手をする時間自体はあるのですが…実は私、今追われているんです」
「追われている?」
「はい。賞金稼ぎを処理したら、何処かにすぐ身を隠すつもりだったんですが…。どうしましょう」
「…あ、じゃあ俺の家に行こうよ!」
「イタリア!!」
「だって…俺ん家すぐそこの村だし、道中で歩きながら質問すればいいじゃん」
あまりに能天気なイタリアに絶句したドイツは、暫く息を詰めたものの、結局はぁーと強く溜息を吐き出してそれから黙り込んだ。
画家であるイタリアは、ドイツの何倍も観察眼が鋭い。特に悪意の有無には驚異的なまでの反応を示す。流石のドイツも、その彼がここまで信用してしまう人間を相手にして、自分1人が強く警戒し続けることは無意味だと認めざるを得ない。

「……もういい、勝手にしろ」
「ヴェー、何かごめんねドイツ。…返し刃さん、もそれでいい?」
「私は構いませんよ」
こうしてイタリアとドイツと返し刃という、妙なパーティが出来上がったのだった。





「じゃあ、早速質問!どうして俺の爺ちゃんのこと知ってたの?」
「それは、ローマ様が有名人だからですよ……というのも本当ですが、実は昔の知り合いなんです」
「ヴェッヴェッ、爺ちゃんと返し刃さんが知り合いだなんて俺知らないよ!どういう知り合い?」
「…私が以前働いていた職場の上司を通じて知り合った、食べ歩き仲間でした」
「食べ歩き!?いいなぁ、爺ちゃんも俺と同じぐらいグルメなんだよねー。どういう料理を食べて…」
「俺も質問していいか?」
和やかに進む会話に割り込んで、ドイツは返し刃を睨んだ。返し刃はその視線を静かに受け流す。
「どうぞ」
「お前は先程、賞金稼ぎ共に冬将軍と呼ばれ、更にそれを人違いだと言っていたな」
「はい、確かにそう言いました」
「冬将軍と言えば、最近名を挙げてきた凄腕の暗殺者だ。お前は本当にそいつと関係ないのか?」
「関係ありません。…最初の頃は、腕利きの修行者とか噂されていましたね。それで、その噂を聞き付けた人間が勝手に腕試しをしようとして来ました。今では何処でどう拗れたか知りませんが、どうやら私が暗殺者の冬将軍だという噂が広がっているようです。それで、勝手に勘違いした賞金稼ぎやら暗殺者やらが、冬将軍にかけられた懸賞金を目当てにああして襲ってくるようになったんです」
こちらは本当に良い迷惑です。直接は関係ない冬将軍殿に文句を言いたいぐらいですよ。
愚痴る返し刃の変わらぬ声色に、ドイツの背筋に冷たいものが走った。彼は今、何と言った?嫌な予感がドイツの頭を過ぎる。
「お、お前は…ただ腕試しに来た人間まで問答無用で殺したのか…!?」
「……私は、手加減というものが出来ません。ですからそういった方々の申し出は丁重にお断りしていたのですが、中にはどうしても手合わせしろと言って聞かない人もいます。それでも無視していると、遂には私の旅を著しく妨害されるようになりましたので、“命を落としても構わない”と誓約させた上で勝負致しました」
「………貴様は、」
「私は超能力者です」
「「!」」
淡々と喋る返し刃に怒りを覚えたドイツと、オロオロと2人の様子を窺っていたイタリアが同時に目を見開いた。

「私の能力の関係上、手加減というものが出来ないんです。先程私が手にかけた賞金稼ぎの2人も、私の意志でああなった訳ではありません」
「どういうことだ」
「私は、私を殺してくれる人間を捜しているんです」
返し刃の瞳に、初めて感情らしい感情が浮かんだ。
作品名:返し刃の秘密 作家名:竹中和登