ブラック・ウルフ
目覚めると、見知らぬ天井が目に入った。萱で葺いた粗末な小屋のようだ。
「気がついたかの?」
見知らぬ老人が覗き込み、警戒したブラックは反射的に身を起こそうとしたが、左足に鋭い痛みを覚えてうめいた。
「痛え。左足が燃えるように痛え」
ブラックの言葉に老人は気の毒そうに言った。
「左足……と言っても膝下はもうないぞ」
息をのんだブラックはおそるおそる頭を上げて、自分の体を見下ろした。横になっているためによく見えないが確かに、左足があるはずの部分が不自然に薄くなっている。
「……ないのか? ……おれの左足?」
老人はうなずいた。
「生きておるのが不思議なくらいじゃ。数日前に、浜辺に打ち上げられていたのを見た時は、てっきり出血多量で死んでおるのかと思った」
「おれの仲間は? 他に生きている奴はいなかったか?」
老人はブラックを見つめる。
「おまえさんだけじゃ」
ブラックはうめいた。
ではやはりみんな死んだのだ。船も沈んだのだろう。
「ご老人。……悪いが、少しの間、一人にしてくれないか」
老人も出て行ったのを確かめて、ブラックは覚悟を決めて蒲団代わりのむしろを引き剥がした。黒い血で汚れた布に包まれた、短い左足が目に入る。それを見つめるブラックに苦い笑みが浮かんだ。
「なんてざまだ。こんな体になって、誰もいなくなっちまって……」
笑いながらつぶやくブラックの片目から涙がこぼれ落ちる。
「みんな死んじまってよお」
涙は後から後から頬を伝い、むしろを濡らした。
「このおれが生き残って、何であいつらが死ぬんだ? 何でこのおれが生き残って……」
嗚咽を上げながらブラックは叫んだ。
「この世に神はいねえのか? なぜあいつらを虫けらのようにあっけなく殺した。なぜ、おれが生き残って、あいつらが死んだんだーっ。今まで多くの人間を殺した罪の報いか? なら、真っ先におれを殺せ。船長であるおれを……」
号泣しながら、ブラックはむしろの端にイルカ像が置いてあるのを見つけた。あの時、無意識に懐の中にねじ込んだのであろう。
ブラックはそれを手に取り、体を震わせて泣いた。
「許さねえ。絶対に許さねえ」
叩き割ろうと腕を振り上げたが、ぶるぶると震えたままゆっくりと腕を下ろした。あの化け物の正体が何なのかは分からないが、これが再び奴とまみえるための唯一の手がかりであることを思い返したのだ。
そばに転がっていた棒切れを引き寄せ、それを杖代わりにして立ち上がる。小屋の入り口に掛かっているぼろぼろのすだれを肩で押しのけて外に出た。
外の世界のまぶしさに一瞬、目がくらむ。
小屋の前は砂浜であった。きらきらと光る海は穏やかに波を打ち寄せ、空は抜けるように高く澄み、底抜けの明るさが広がっている。
砂浜に立ったブラックは復讐の暗い炎を宿した瞳で、青い海を強く睨みつけた。
――終――