花結び、想い紡ぎ
第一話 戦場への誘い、試練の道
屋敷の離れにある修練場から、乾いた音がしきりに響く。
朱点童子を打ち倒すことを宿命付けられた御橋(みはし)家は、深々と降り積もる雪の日の静けさなどとは無縁の日々を送っているのである。
御橋家の屋敷は茶屋や万屋といった、人々の生活基盤が集まる都の中央部から離れた東部の山中に設けられており、訪れる人などほとんどいない。
そのため、どれだけ激しく騒ごうが、術の訓練で大きな炎を上げようが、周囲に迷惑をかけることはない。
それも、帝が朱点童子を倒すためならばと山中を切り拓いて屋敷を用意し、鬼の討伐により与えられる報奨金と共に、生活に困らぬ程度の金を出してくれているからである。
鬼の討伐に備えて技を磨き、心身を鍛え、修練を積むという目的で設けられた修練場は、丈夫で名高い木材を惜しげもなく用いて建造されたが、建造されて十余年しか経っていないにもかかわらず床はあちこち陥没し、壁や柱、天井には獣の爪で引っ掻いたような傷跡が無数に刻まれている。
激しい修練が行われ、使い込まれた修練場では今日も、一族の将来を背負って立つ若者たちが冬の寒さを物ともせずに汗を流していた。
木刀を手に、激しく打ち合う二人の少年。
一人はたわわに実った稲穂を思わせる淡い金色の髪を短く切り揃えた小柄な少年で、柔和な顔立ちには似つかわしくない焦りの表情を浮かべている。
もう一人は燃える炎のような赤い髪が好き勝手な方向に跳ねた背丈の高い少年で、いかにも荒事を好みそうな顔立ちをしている。
二人して白無垢の着物に身を包んでいたが、打ち合いで着衣は乱れ、額に浮かぶ大粒の汗が飛び散っていく。
冬の寒さを感じさせない激しい打ち合いはしばし続いたが、赤い髪の少年が小柄な少年の手の甲に木刀を振り下ろして一本を取ったところで終わりを迎えた。
「うわっ」
手の甲に走る痛みに顔をしかめ、少年は木刀を取り落とした。
からん、と乾いた音を立てて床に落ちた木刀が、修練の中断を告げる。
「あいたたた……」
少年は骨の髄にまで染みわたるのではないかと思えるような、痺れるような痛みに顔をしかめながら手の甲をさすっていたが、そこに赤い髪の少年が言葉をかけた。
「はい、オレの勝ち〜」
「はあ……やっぱり郷(さと)は強いね。僕が剣術を得意にしてても勝てないや」
「まあ、経験とかも違うからな。
……ていうかさあ、おまえ迫力なさすぎなんだよ。
腕は悪くないしやる気もあんのに、なんでこう『てめえ、ぶっ殺したらあ!!』って感じで向かってこないんだ?
足を強く踏み出して大きな音立てるだけでも違ったりするんだけどな。
別にそうやって声張り上げるのが恥ずかしいとかってんじゃないだろ?」
「……僕は郷みたいになれないよ」
赤い髪の少年――郷の言葉に、頭を振って返す。
郷の言葉遣いの悪さを真似できないという意味ではなく、本当に彼のように豪快に戦うことなどできないという意味で。
そんな少年の反応を予想してか、郷は木刀で肩を軽く叩きながら軽い調子で言った。
「まあ、そのへなちょこ顔じゃ迫力とかも出ねえか。ははははっ」
「よ、余計なお世話だよ……」
少年は拗ねたように頬を膨らませながらそっぽを向いた。
へなちょこ顔……郷が言うように、確かにこの顔で怒っても迫力などないだろう。
温和であどけなさが色濃く残る童顔は、相手の心を和ませこそすれ、相手に恐怖を与えるようなことには向いていない。
それくらいの自覚は少年にもあるつもりだったから、面と向かって言われると殊更気になってしまう。
「そうむくれるなよ、暁(あかつき)。こればっかりはしょうがないんだからさ」
「……郷、自分でへなちょことか言っといて慰めるとか、説得力ないよ?」
少年――暁は笑顔でいけしゃあしゃあと言い放つ郷に、深々とため息などつきながら言葉を返した。
彼に悪気がないことは百も承知だし、軽くからかってくる程度のことは日常茶飯事だ。
郷は良くも悪くも気持ちを偽ることを知らず、彼のさばさばした性格は暁としても羨ましいと思っているくらいだった。
それに、小柄で童顔な暁からすれば、郷のしっかりした身体つきも羨ましい限りだ。
「僕もお爺様みたいに背が高くて、迫力のある顔だったら良かったのになあ……」
「おいおい、冗談だろ。
おまえがあの爺様みたいな仏頂面になっちまったら、オレ本気で困るぞ。せめて叔母様くらいにしとこうぜ」
「そうだよねえ。母さんくらいだったらちょうどいいのかなあ」
郷が慌てて『それだけは勘弁してくれ』と言うと、暁は肩をすくめた。
暁の母親は薙刀を手に、豪快に鬼たちを薙ぎ倒す歴戦の女傑である。
彼女くらい凛々しい顔立ちなら、まだ迫力もつくかもしれない……が、生まれついての顔立ちなどもはやどうしようもないわけで。
顔のことを話すのも程々に、郷は本題に入った。
「暁、おまえっていっつもそうだよなあ。
前からずっと思ってたけど、なんで自分に自信持てないんだ?
弓とかすっげえ上手だし、術だってオレが使えないようなのも簡単に使っちまうじゃんか。
それだけの力があるんだから『僕はこれくらい強いんだぞ、どうだっ!!』って感じで胸を張るべきだってオレは思うぞ」
「……………………」
郷の指摘は真っ当すぎて、暁に返す言葉はなかった。
普通にやればできるだけの力があるのに、どういうわけか自分に自信が持てず、『どうせ僕なんて……』という悲観的な思い込みが足枷となって、持てる力を発揮できずにいる。
従兄弟であり、歳が近いため兄弟のように一緒に育ってきた郷にとっては、それがどうにももどかしかった。
だから、毎日のように修練場に引っ張ってきては修練に励んでいるのだが……
(オレたちだけで修練するの認められて半月になるけど、それでもちっとも変わりゃしねえ。
こいつにやる気がないって話じゃなくて、なんかこう……ちゃんと自信をつけられるきっかけっていうか、そういうのがないんだよなあ)
暁はどこか不安げな面持ちで俯き、黙り込んでしまった。
自分に対する自信がない……意識していないにしろ、そう訴えかけているようにすら思える。
それが毎日のように続いているものだから、郷としてもどうにかしてやりたいと思っているのだ。
要は、暁が自分に自信を持てるようになればいいわけで、そのきっかけになればと思って半ば無理やり引っ張り込んでいるのだが、それがいけないのだろうか。
とはいえ、暁も郷に引っ張られている割には本気で打ち込んでいるようなので、やる気がないというわけでもなさそうだ。
彼らが生まれた御橋一族は、朱点童子打倒を使命として日々修練を重ね、巷の鬼を討伐している。
初代当主・統にかけられた呪いは、朱点童子を倒さない限り子々孫々に受け継がれる。
呪いによって著しく縮められた寿命のために、初代当主は一年八ヶ月で、その娘である二代目当主も二年で命を落とし、それ以降も二年を越えて生きた者はいない。
暁も郷も呪いにより異常な速度で成長しているため、見た目こそ十代半ばの垢抜けない少年だが、実際はこの世に生を受けてからまだ数ヶ月と経っていないのだ。
たかが数ヶ月で十代半ばまで成長するなど、普通の人間からすれば明らかに異質である。