花結び、想い紡ぎ
さらには、人と交わることのできぬ呪いのせいで、一族の者は天界の神々と交わるしかなく、生まれた子供は神の力を宿し、普通の人間とは比較にならない力を有することとなる。
明らかに普通の人間が持ちえぬ力を有し、鬼を討伐する一族の者たち。
ともすれば鬼と同様の化物と受け取られかねないために、御橋の屋敷は人里離れた一画に設けられたのだが、裡に秘めた力とは裏腹に、一族の者は見た目こそ普通の人間とほとんど変わらない。
髪や肌、瞳の色は親となる神の影響を色濃く受けることから個人によって異なるが、その程度のことならば、生まれ育った地によって左右されるという言い訳もまだ通じるだろう。
それよりも、普通の人間との決定的な違いは、額に翡翠色の丸い玉を宿している点である。
見た目こそ翡翠色の綺麗な玉だが、それは朱点童子の呪いが発現した『印』であり、短命の呪いと種絶の呪いによって人として真っ当に生きられないことを示すものだ。
当然、初代当主の血を引く暁と郷の額にもその玉は宿っている。
取り外すことはおろか、破壊することもできぬ呪いの印。
御橋の者は呪いを刻まれて生まれ落ち、それを生涯背負っていかねばならないのだが、もはやどうしようもないことだ。
せっかくこの世に生まれ落ちたのだから、精一杯生きていかなければ損である……と、郷は常々そのように思っているから、暁が自分に自信が持てずに下を向いているのがどうにももったいないと思えてならない。
「……………………」
「……………………」
いつしか俯き、押し黙ってしまった暁を見て、郷が決まりの悪そうな顔で頬を掻く。
自分に自信を持てない者に対して、安易に『自信を持て。おまえならできる!!』などと檄を飛ばしたところで、励ますどころか逆効果。
より一層追い詰める結果になってしまいかねないと郷は理解していたが、かといって延々とこのままの状況が続いていいとは思っていない。
なにしろ、一族で鬼の討伐に参加できる者のうち、討伐に参加したことがないのは暁だけなのだ。
生まれてから二ヶ月が経過するまでは、心身ともに未熟であるため討伐への参加は許されず、その代わりに一族の者が師となって武芸や学芸などの訓練を施し、討伐に備えるのだ。
暁も訓練の期間を終え、討伐への参加が許されているのだが、争い事を好まない気質が討伐に向いていないと見做され、未だに討伐に参加したことはない。
争い事を好まないということは、戦場に立って鬼を殺す、あるいは鬼に殺されるかもしれないという命のやり取りを理解できず、それに対する心構えを持てていないことに他ならない。
一族の多くの者が暁の心構えの欠如を理解し、彼の母親で十二代目当主を務める綾(あや)からも『あんたは鬼の討伐に出さないからね』と言われているのだ。
誰よりも尊敬している母親からそんな風に言われていることをとても気にしているようだし、そこに触れるのも気が引けて、郷はこんなことを言った。
「前から訊こうと思ってたんだけどさあ、なんで弓を獲物に選んだんだ?
まあ、今のおまえを見りゃ、それが正解だってのは分かるんだけどよ」
「僕、伯父様に訓練をしてもらってたんだけど、一通り武器を扱ってみて、一番覚えが良かったから、弓を薦められたんだ。
それに……分かってるんだ。僕がこんなんじゃ、向かっていったって鬼に殺されちゃうだけだって。
戦うにしたって、弓で遠くから射掛ける方が向いてるって」
暁は俯いたまま、頭を振って言葉を返した。
その面持ちには不安が色濃く浮かび、どうしたらいいか分からないと言いたげだった。
尤も、不安げな表情を隠さなかったのは、この場にいるのが一族で心許せる数少ない相手――郷だけだと分かっていたからだ。
鬼が怖いとか、殺されてしまうのではないかという恐怖がないわけではないが、それよりも戦うこと自体に抵抗があるようだ。
御橋家という世間一般から大きくかけ離れた家系に生まれてしまったことを嘆くつもりがなければ、朱点童子にかけられた呪いで真っ当な生を望めないことに対して嫌気が差しているというわけでもない。
ただ、暁は一族の人間として優しすぎるだけだ。
無論、命のやり取りをする以上、優しいだけでは生き残れない。
どんな状況に置かれても敵を討つ覚悟がなければ、自分自身の身を守ることすらままならない。
綾は息子の優しい性分を理解しているからこそ、敢えて厳しい言葉で戦いから遠ざけているのだ。
「でもさあ、弓だって他の武器と同じだろ。
矢が刺さった相手を殺しちまうことだってあるんだからさ。武器じゃなくても、術だってそうだろうし」
「…………」
何気ない郷の言葉に、暁の表情が険しくなる。
武器の種別に違いこそあれど、その矛先を向けて振りかざせば、相手を傷つけ、殺してしまうことは十分に考えられる。
術にしても多くが攻撃系統であり、炎や雷など鬼を倒すためのものである。
郷の言い分はそれこそ至極真っ当なものであり、だからこそ返す言葉もない。
「どっちにしたって、無理はしない方がいいぜ。
オレは別に鬼と戦うことに抵抗なんてないし、怖いとも思ってないけど、みんながみんな同じ考えじゃないってことくらいは分かってるつもりだからさ。
無理して背伸びして転んじまったら元も子もないだろ。
それで死んじまったりなんかしたら目にも当てられねえし。
おまえにはおまえのやり方ってもんがあるんだろうから、それを探してけばいいんじゃないか?
おまえ一人で探すのが難しいってんなら、オレも手伝ってやるからさ。気長にやってこうぜ」
「……うん、ありがとう。郷」
郷は明るい口調で言うと、暁の肩を軽く叩いた。
暁は幼なじみの優しい言葉に顔を上げ、小さく笑みを浮かべた。
彼が『やっぱり暁は弱虫だな』だなんて思っていないことは分かるのだが、それでもそんな風に感じられるのは、そういった自覚があるからだろう。
一族の大多数……いや、自分以外の全員は郷と同じく、鬼と戦うことに然したる抵抗や恐怖を感じることなく、むしろそれが一族の使命であるという強い誇りを胸に抱いている。
暁は彼らが誇らしげな表情で、堂々と胸を張って鬼の巣窟に向かって屋敷を発つのを何度となく見てきた。
それは彼らが自分自身に揺るぎない自信を懐いているからこその態度であり、どうしても自信を持つことができない自分との違いを明確に感じてしまうのだ。
他人と比較ばかりするから、自分の悪いところばかりが際立って見えてくる。
他人の言葉に流されることなく、自分にできることを着実に重ねていけば、おのずと自信はついてくる。
そこがしっかり見えれば、大きく成長することができよう。
暁が自分自身と向き合い、強くなるには、変わるには。
何が必要なのかを、彼自身が考えて見つけ出そうとしない限り、もしかしたら何も変わらないのかもしれない。
だとしたら……
郷が柄にもなくそんなことを考え始めた時だった。
「郷様、暁様ァ〜」
どこか重苦しい雰囲気を一瞬にして破壊してのけたのは、女性の甲高い声。
一族に課せられた過酷な運命をも遥か彼方へ吹き飛ばすような明るい声音ではあったが、時々その明るさが雰囲気を白けさせることもある……そんな声の主はすぐに姿を現した。