花結び、想い紡ぎ
「あの様子で戦に臨めば、迷いを見せて殺されてしまうだけだ。
暁が死んでもいいと……それでも良いと仰られるのか」
綾の前では面と向かって言うことのできなかった不満が噴出し、たちまち険悪な雰囲気が立ち込める。
彼らの言わんとしていることは正論であり、討伐に参加できる者の中で最年少の暁を死なせたいなどと思っている者はいない。
陰口を叩いているのも、自分に自信が持てないことに対する当て付けのようなものであり、自分を卑下してしまう姿勢を疎ましいと思うことはあっても、嫌っているわけではないのだ。
そんな鬱屈した皆の感情が吐露されて、なんとも言えない不快な空気を感じながらも、郷が口火を切った。
「あんたらの言う通りだけどさ……だけど、暁だって頑張ってるんだ!!
弓はいい腕してるし、術も上手に扱える!!」
「それは私たちも分かっているわ。ただ……」
「戦いの心構えの成っていない者が九重楼ほどの重要な場所に赴いても、戦い抜けるとは到底思えんのだ。
まともに戦えぬだけならまだ逃げ回っていればいいだろうが、放った矢や術を味方に当てでもしたら、それこそ目にも当てられん」
「……っ。
そりゃ、あいつは戦いの心構えなんてまったく駄目だけど……戦に行くってことがどういうことかなんて、ちっとも分かっちゃいないけどさ」
戦に臨む者は常に死と隣り合わせである。
たとえ相手が鬼であっても、行われるのは命のやり取り。
朱点童子打倒という大義を掲げようとも、血腥い戦場に存在するのは綺麗事では語り尽くせぬものばかり。
鬼を殺すならまだしも、場合によっては自分が殺され、あるいは共に戦に臨んだ仲間が命を落とす可能性すら孕んでいる。
いざ自分や仲間が死に瀕した時の覚悟ができていない者を、死地へと続く戦場に送り込むわけにはいかないのだ。
年長者の現実的な言葉は確かに理に適っている。それは認めなければならない。
郷は奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
誰よりも優しくて、誰よりも自分のことを理解してくれている暁がこんな風に言われるのは悔しいが、正論に対して言い返したところで自分が子供なのだと思い知らされるだけ。
確かに……暁は戦に対する心構えがまるで成っていない。
郷の目から見ても他に至らない点は多くあるが、だからといって将来まで否定するような言い方をしているように思えて、黙っていられなかった。
暁が『弱虫』『一族の役立たず』と陰口を叩かれていることで悔しい想いをして、負けじと人知れず努力を重ねていることを、郷は知っているのだから。
「叔母さ……綾様が言ってただろ!? 暁を鍛えるって!!
綾様のことだからきっと生半可なやり方じゃないと思うし、暁ももしかしたら途中で音を上げちまうかもしれないけど、オレはあいつを信じてる!!
だいたい、なんでみんな暁のこと信じようとしないんだよ!!
あいつだってどうにかしたいって思って頑張ってるんだ……オレだってそれくらい分かるのに、みんなに分かんないはずがないだろ!?
あいつ、弱虫とか役立たずって言われてすっげえ悔しいって思ってるんだ。
形になんてなっちゃいないけど、努力してるのに……ずっとそのままだなんて思うのはあいつに失礼じゃないか!?
それに、なんかあったって、オレがあいつを守ってやりゃ済む話だろ、違うか!?」
郷の言葉は一族の者たちの心を強かに打った。
誰もが、暁が人知れず努力していることを知っている。当人は隠しているつもりだろうが、見る者が見れば分かるものだ。
弓の腕前は一級品だし、術の扱いに長けていることも。
だが、戦いに対してしっかりと覚悟を固めていないその甘さが命取りになる……思っていることを満足に言おうとしない姿勢を見てきて、それが将来に渡っても変わることなどないと決め付けていたのではないか?
暁が変わるかもしれない……いつかはきっと変われるはずだと、信じようとさえしていなかったのではないか?
「そうだな」
息子の言葉に、雄が口元を緩めた。
大人の凝り固まった思考を解すのに、彼の言葉は効果覿面だった。
「私たちは暁を知っているつもりで、まるで知らなかったのかもしれん。
……綾もああ言っているし、暁を信じてみようではないか。
あの子も、あと数ヶ月もすれば大人だ。
成長に伴って、考えや価値観が変わることだってあるだろう」
駄目を押すように、雄が言う。
実力は理解していても、それで戦えるかどうかと言われると話は別。
それに、いつまでもあのままでいるとは思えない。
人知れず重ねてきた努力の深さを知っているなら、なおのこと。
「綾のことだ、どのような手を使おうと『使い物になる』程度には鍛え上げるだろう。
……まあ、本気で死にそうになっていたら助け舟くらいは出してやるつもりだが」
「親父……」
当主に一番近い場所で一族全体を眺めてきた彼の言葉には確かな重みがあり、不思議と、一族の皆もそう思うようになっていた。
最後に、雄は息子に小さく微笑みかけた。
「おまえも、言うようになったな」