花結び、想い紡ぎ
案の定と言うべきか、否定的な考えが頭を占め、『頑張りますから、出させてください!!』と主張しようという考えに至らない。
それは、皆の言わんとしていることは理に適っていると感じていたからだ。
屋敷に来てから二ヶ月間、毎日のように訓練を積み、訓練の期間を終えてからも郷と修練を重ねてきた甲斐あって普通に戦うくらいはできるし、身を守るだけなら問題ない力を身につけた。
しかし、戦いに臨むにあたっての心構えがまるで成っていないのだ。
『こんな自分が鬼の討伐に赴くことなんてない』『どうせ行かせてもらえない』と考えているから、戦に赴くことがどういうことか理解できていない。
そんな甘い考えを抱く者を命がけの討伐に参加させようものなら、どうなるか?
自分が討死するだけならまだしも、仲間の足を引っ張って全滅の危機を招きかねない。
(駄目だ。僕じゃ……僕が行ったって母さんや郷の足を引っ張るだけだから……)
暁は拳を握り、顔を上げた。
見やった母の顔は淡々としたもので、反対意見が出ることなど分かりきっていると言わんばかりだった。
それでも、自分が行くことで母や郷に迷惑をかけてしまうことだけは避けたかった。
ただでさえ気苦労が多い彼女の負担になることは、暁も望んでいないのだ。
「ぼ、僕は……」
討伐の参加を辞退します。
ありったけの勇気を振り絞ってそう言おうとした時だ。
「みんなの言いたいことは分かってるつもりだよ」
綾が深く頷きながら、一同の顔を改めて見回した。
彼女自身、暁を連れて行くことを話した時点で反対意見が――それも、恐らくは雄から出るであろうことは分かっていた。
しかし、これは御橋一族の者として避けては通れないことと割り切って、一族の者たちを諭す。
「だけど、暁だけ特別扱いするわけにはいかないんだ。
兄上のように戦の素養に恵まれない者はやむを得ないとしても、暁はしっかりと訓練を積んでるし、毎日のように郷と修練場でやり合ってるって聞いてる。
多少なりとも郷とやり合えるんだったら、実戦に出しても問題ないだけの力はついてるって思ってるよ。その気になりゃちゃんと戦えるだろうし。
討伐の経験はまだないけど、そこは今後積極的に討伐に参加してもらって、経験を積んでいけば済む話だろ。
だいたい、みんなそうして強くなってんだからさ」
彼女の言葉は尤もだったが、尤もすぎるがために言い訳じみて聞こえたのもまた事実だった。
綾は苦虫を噛み潰したような渋面で眉間に皺を寄せる者たちを、当然だろうと言いたげに眺めていた。
(……だから、それが危険なのだ。
その経験を積ませる中で、一族の貴重な若者を死なせてしまっては元も子もない。
増してや、暁の気質はともかく、素質は一族で類を見ない稀有なものだ。
戦うことはできずとも、その血を後世に伝えていくことはできる……それもまた、一族の者としての使命だろうに)
雄は眉根を寄せ、胸中で毒づいた。
二ヶ月間、暁に訓練を授けた本人だからこそ、彼の素質が一族の中でも特に優れていることを知っているのだ。
弓は一族でも並ぶ者がいないだけの素質があるし、術に関してもあらゆる属性の適性が優れている。
総合的な素質なら、現当主の綾をも上回るほどのものを宿していると見て間違いない。
だからこそ、戦に臨むことはできなくても、その優れた素質を……血を後世に伝えるという形で役目を果たすことはできるのだ。
御橋家は鬼退治を生業としているため、一族に貢献する最たる手段が鬼の討伐に赴くことと見られがちだが、一族の役に立つ手段は何も戦に赴くことだけではない。
雄のように裏方に徹して支えることも然り、優れた血筋を後世に残すことも然り。優劣はあるにしても、貢献することに変わりはない。
それぞれに合ったやり方で悲願達成に貢献すべきと考えている雄は、綾の主張に賛成しかねていた。
なんでもかんでも鬼の討伐を成長の機会と結び付けてしまう強引さは問題だし、そういったやり方が合わない者がいることを、しっかりと認識すべきなのだ。
綾もそこまでは考えが及ばなかったものの、雄が戦への心構えが甘い暁を行かせるべきではないと考えて意見を述べたのは理解していたし、その反応も予想の範疇だった。
「出発は三日後。それまでに『使い物になる』くらいには鍛えておくから。
それでももし暁が死ぬようなことがあったら、あたしが責任を取る。
もちろん、死なせるつもりはまったくないけどね」
「……………………」
それが鶴の一声となった。
何があろうと責任は自分が取る――当主が決意を込めた口調でそのように言ってしまえば、表立って反対できる者などいない。
それは雄であろうと同じだった。
ただでさえ戦の矢面に立つことのできぬ者が、最先頭で鬼と戦い抜いてきた当主の『責任』の言葉に反論など許されるはずがない。
「か、母さん……でも、僕は……」
「暁。あんたもそれでいいね?」
「……は、はい」
今までの母と違う、感情を押し殺したような声。
暁は恐る恐る異議を唱えようとしたが、彼女の迫力に気圧されて、自らその異議を取り下げた。
(言いたいことは分かるけど、でも……)
母の言いたいことが分からないわけではない。
このまま戦いを避け続けていれば、一族の中で居場所がなくなってしまうかもしれない。
そう考えて、わざとそんなことを言ったのだろうか……それでも、本当に大丈夫だろうかと不安になってくる。
ちゃんと戦えるだろうか。皆の足を引っ張ってしまったりしないだろうか。不安を挙げればきりがない。
息子が不安げに俯いたのを見ても、綾は表情一つ変えなかった。
「暁もそれでいいって言ってるんだ。
自分の意思でそう言ってるんだから、それでいいだろ。
……そういうわけだから、次の討伐はこれで決まり。煉、郷、暁。あんたたちはしっかりと討伐に備えておくように」
「承知した」
「分かりました」
「……はい」
綾は皆の浮かない面持ちを見て、煙が燻っているのを理解しつつも、一方的に話を打ち切った。
多くの者が望んでいないであろう一方的な展開を、何を言うでもなく、何を思うでもなくじっと眺めている者がいた。
綾の父にして、先代当主を務めた濠(ごう)だった。
猛禽を思わせるような顔立ちに、仏頂面とあだ名される無表情。口数が決して多いと言えない寡黙な男だが、立派な体躯と顔立ちから醸し出される雰囲気は重石のようですらあった。
そんな彼は、半ば強引な娘のやり方に異議を唱えるどころか、話が終わったと分かるや席を立ち、一言も発さぬまま、自室へと戻っていった。
現当主以上の存在感を誇る先代当主がいなくなり、重たかった雰囲気も少しだけ和らいだところに、綾が暁に声をかけた。
「暁。ちょっと来なさい」
「あ、はい……」
暁は綾に呼ばれ、引っ張り出されるようにして部屋を出た。
二人の足音が遠のき、先代と当代の当主がいなくなると分かるや、室内は蜂の巣を突いたような状態と化した。
「なんで九重楼に暁を……討伐に出すなら、もっと早く別の場所に行かせることもできたはずなのに……」
「あれでは死にに行かせるようなものだ」
「当主様にそれが分からぬはずがあるまいに」