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Angel Beats! ~君と~

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第51話



ある凛とした女の子はこう言った。
すき焼きだから無くならない、と。
そして、お風呂に入り十分に身体を温めて用意された机に向かい、溺れた少年に促され疂に正座する。
そして、行儀よく手を前に合わせ学校の挨拶の様にいただきますを一斉に言う。ここまでは良かった。ここまでは。
直後、野田とゆり、椎名、関根、TK達の机のど真ん中にある鍋の肉が跳ね上がる。それは、囲んでいたゆり達の箸によるつつき合いのせいだ。

「この肉は俺のものだああああああああ!!」

「肉は渡ざんっ!!」

「浅はかなり…肉を『はいそうですか』と言って誰が素直に譲るか。寄越せ、ゆりには勿体無い」

「椎名さん強情ね…!でも、私は負けない!!」

「Here we gooooooooooo!!」

食事は仲良く食べる筈。
霧島はその光景に唖然とする。
箸と箸がぶつかり、火花が出てる気さえする。

「お肉が…飛ぶなんて初見です……」

「だよな。俺もあれを見た時衝撃を受けたよ…。直井と藤巻がこっち来る位だもんな……」

世の中には不思議なことが山程在る。
社会を裏で操る謎の組織、未確認生命体、黄金の鳩、超高速で動く戦士、人が一瞬にして灰に変わる、カードを扱いし仮面の戦士、ドッペルゲンガー、鍛えれば鬼に成れる、空中を走る電車、人が硝子の如く砕け散る、黒いオーロラ、人でも獣でもない生物が戦地の子供たちを助ける、などなど様々だ。
もしかしたらこの現状も入るのではないのだろうか。

「……ハッ! なぜ直井に肉を渡したがるんだ俺…!?」

藤巻が自ら進んで肉を直井に手渡すのを疑問に思う。

「簡単なことだ。催眠術だ」

「ぐぉお…渡したくないのに……なんでだ体が……」

「ご苦労」

頭で解っているのに、全てが催眠術で否定されていく。非情にも直井の皿に糸で操られる人形みたいに乗せていく。
そして無性に野菜を食べたくなっていく。

「なんだこの美味さは……!山でロクなもの食ってないからか?」

「美味しいですね。ところで一体山で何を食べていたんです?短期間で早々脂肪を落とせるとは思えません」

「同感ですね。今後の筋肉向上の為、経緯を詳しくお願いします」

「毒キノコだ」

「「え?」」

「あのさー、今度の」

「「食事くらいはさせてっ!」」

「おいしーね! 遊佐さん」

「そうですね」

「はい大山くんアーンして! アーン! 食べさせたげる!」

「うわ! なんでゆで卵!? ドリフ!? 僕にドリフ的なものをやれと言うこと!?」

隣では二本の細い棒による抗争を繰り広げ、一方では下らない話で盛り上がり平和。
どうしてこの差が激しいのだろうか。
その景色にチャーは懐かしい目を、その奥さんは子供を見る様な目で見ていた。

(出来れば箸は大切に扱ってほしいもんだな…)

チャーの目にも箸から火花が見えた。その火花を散らして肉を捕るゆりに、容姿や背格好が似ている妻とどうしても重ねてしまう。いや、そもそも似ているので重ねたくはないが重ねてしまう。
この世には自分と同じ顔を持つ者は二人三人居ると諸説ある。
世界は広いようで狭いもの、意味は無いが何やら複雑だな、とさえ思えてきた。

「遊佐さんってさ」

「はい?」

「お兄ちゃんのこと満更でもない?」

「そうですね…少なくとも多くなかれ、当たらず遠からず、ですね」

「つまり?」

「今の所、何とも言えませんね」

「そーなんだー。ツンデレってやつかな?」

「おや、そう来ますか」

「へ?何音無くん好きなのゆさゆさ」

二人のガールズトークに入江が挟んできた。
大方ひさ子と岩沢に話が付いていけなく、ここに入ってきたのだろう。
その会話の内容はうどんになっている。ちなみにひさ子はただ単に適当に相槌を打っているだけだ。

「好きでもないですし、嫌いでもありませんね」

「あたしは良いと思うけどなー、音無くん」

「お兄ちゃんはワタザン!」

「と、取らないよ…」

「でも遊佐さんなら考える」

「あたしと扱い違うね…あはは」

「みゆきちさんにはしおりんさんが居るではありませんか。それなのにファンをタブらかしたり、男性をタブらかせたりして、挙げ句には音無さんまでに手を出そうとするとは…罪な女性ですね、みゆきちさん」

「ち、違うよ! 言い方酷くない!?」

「タブらかす所を否定しない。という事は…」

「してないよ!!」

「関根さんとのことは…やっぱり『百合』ってやつだね☆」

「そうです」

「初音ちゃん…その言葉はどこで……?…ってそんな仲じゃないよ!」

「さあて、どこで聞いたのでしょうねー」

わざとらしく、顔に出さず、棒読みで平然と話す。入江は何かあたふたとして遊佐の両肩を掴みゆさゆさ揺するが、何がしたいか分からない。
揺すられている本人は、内心はフッと小さく笑う。入江が涙目になり、小動物の様になっている姿を。茶化した初音は気にせず鍋からダシが染み込んでいる野菜を取る。
そして隣は肉が無くなったのか、先程とはうって変わって大人しく食べていた。
結弦は何故かその光景が懐かしく思えた。
ただバカみたいに騒ぎ、ただ話しているその光景を。

(……暇ね…)

だが、ゆりは違った。
肉の大半を椎名とTKに奪われ、無くなり、落ち着きを取り戻し、死神フィルさんに言われたことを思いだしながら野菜をつつく。
そこらを見回すと藤巻が項垂れていたり、ひさ子が岩沢の話に付いていけなくなっていたり、遊佐が入江に肩を捕まれていたり、大山は口から勢い良くゆで卵を発射していたりと、とても退屈だ。
見回すついでに、部屋の隅にあるテレビが目に入った。薄型で、台を含めれば小枝位の大きさだ。
だが、ゆりはそこに目は付けていない。
薄型テレビの下にあるマイク。
横の謎の古い箱形のテレビ。
恐らく宴会用のカラオケボックスであろう。

「……使えるのかしら…」

腹も膨れたので、取り敢えず立ちテレビの方へ向かう。
近くで見るとやはりカラオケの機器だ。

「おっ、何か歌うかゆり」

会話に飽きたのか、岩沢が音も無く寄ってきた。

「そうね、暇だし。岩沢さんは?」

「あたしパス。今日はあんまり声使いたくない気分だ」

「珍しいわね。音楽キチなのに」

「あたしだって人間だ。寝る時は寝るし、休憩だってする」

そう言い、ゆりの為に機械を操作する。
薄型テレビと箱形テレビが同時に点く。

「何歌う?」

「ウル○ラソウル」

「オーケー…はい、どうぞ」

前奏がテンポ良く流れる。
何を察知したのか、岩沢は両手の人差し指で空気中の音を一切遮断するかの様に両耳を塞ぐ。そして全力でゆりから離れる。

「げ!?」

「まずい!耳塞げー!!」

野田が警告を発し、その他全員が耳を塞いだ。

『ちょっと何よ、みんなして! あたしの美声に惚れるんじゃないわよーっ!!』

状況が理解出来ない結弦と初音と霧島はぽかんとし、釣られて状況反射で耳を覆った。
ゆりは肺に吸い込んだ酸素を遺憾無く喉から出した。













その瞬間、海は荒れ、晴れていた筈の空は曇り、雨と雷が降りだし始めた。






















作品名:Angel Beats! ~君と~ 作家名:幻影