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返し刃と爺ちゃんと起源君

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何故か手渡された人間を落とさないように抱え直して、ドイツは改めて返し刃とローマの対峙を眺めた。
人間を殺めても顔色一つ変えなかった返し刃の表情が、僅かに強張っているように見える。旧知の仲だと言う割りに、親しげな雰囲気が見当たらないのが不自然だ。

「私に何の御用でしょう。…というか、あれは韓国さんですね?」
返し刃は俯いたまま、ローマに問うた。焦っているような、苦しみに耐えるような表情を必死に隠すように。
「んあ?ああ、そんな名前名乗ってたっけな。お前の名前を絶叫しながら捜し回ってたんで、俺が保護してやったんだ。お前の弟か?」
「違います。その子が執拗に追いかけてくるから、私は今日予約した宿までキャンセルして逃げているんです。…すぐに中国さんの元へ送り届けて下さい。あの人は今頃、酷く心配している筈ですから」
「ほお、こいつは中国んとこのガキか。お前が連れて帰りゃ、中国の爺さんも大喜びするだろ。どうだ?」
「…善処します」
「爺ちゃん、中国ってあの仙人の?」
黙って2人の会話を聞いていたイタリアが、口を開いて参加した。
「そうそう、あの全然年食わない爺な!俺がガキの頃から姿が変わってない、訳のわからんヤツ。コイツは、その中国の弟分みたいなもんだ」
「俺、小さい頃に仙人が住む山奥へ連れてって貰ったことがあるんだー。凄い遠くて大変だった記憶があるけど、返し刃さんもそんなとこから来たの?」
「……私の身の上話など、今はどうでも良いでしょう。それより、何の用で私に会おうとしたんです」
「せっかちなヤツだな」
「私は一刻も早く韓国さんと離れたいんです。彼の目が覚める前に、用件をお願いします」
「あ、追われてるって言ったの、あの人のことだったんだ」
若干イライラした様子の返し刃を見て、イタリアがドイツを振り返った。ドイツは相変わらず困惑顔で、韓国と呼ばれた青年を担いでいる。
ローマはイタリアを腕から解放すると、返し刃の肩をそっと掴んだ。

「俺は、お前を救うために来た。俺の能力でお前の能力を消し去ることが出来ないか、試してみないか?」
「!!」
「俺もあれから相当修行した、今ならお前を……」
「…何の用事かと思えば、まだそのようなことを言っているのですか」
微笑んだ返し刃は、諭すように告げるローマの声を遮った。
「日本!」
「あれから私の能力も、手を付けられない程にひたすら強大化してきました。あの頃とは比べ物にならない力です」
「だけどな…!」
「分かっているんですか?もしも能力解除に失敗すれば、貴方は命を落とすことになるんですよ?」
「ヴェー!爺ちゃん死んじゃヤダよ!!」
返し刃の脅しに反応したのは、ローマではなくイタリアだった。イタリアにとって親代わりのローマの死は、想像するだけでも耐えられないものだ。泣きそうになってローマに張り付くイタリアを宥めながら、相変わらず冷静に嫌なところを突いてくるな、とローマは小さく溜息を吐いた。

「俺は死なない、安心しろ。…俺の孫脅すんじゃねーよ、日本」
「…貴方では力不足だと申し上げているんです。私の能力が【カウンター】以外だったなら、“試しに解除出来るかどうかやってみよう”という話にもなったでしょうが…失敗したら確実に貴方が命を落とすようなことを“試しにやろう”などという気にはなりません」
「自分を殺してくれる人間を捜してるんだろ?俺ならお前を殺すことなく救ってやることが出来るかもしれねーんだ!…それに、不可抗力とはいえ、これまでお前は複数の人間の命を奪ってきたんだろう。万が一俺が失敗したとしても…」
「貴方は私の大切な友人ですから、自業自得の賞金稼ぎたちとは違います。私は貴方を殺したくない」
「俺はまだ、そんなにも力不足なのか?力のコントロール方法を一緒に模索するぐらいなら…」
呆れた口調で突き放す返し刃になおも言い募るローマは、しかし不意に向けられた冷たい瞳に身体を硬直させた。

「…そもそも、あの方を救うことも出来なかった貴方に、今更何が出来ると言うんです?」
「………!」
「爺ちゃん…?」
戸惑うイタリアにちらりと目を向けた返し刃は、今度こそローマたちから背を向ける。

「どうか分かって下さい。何かあったら取り返しがつかないんです。貴方のお孫さんと知り合ったこの日に、彼からお爺さんを奪うような真似はしたくない」
「日本…!」
「あなた方には迷惑をかけません。私はこれからも1人で生きていきます」

線路に飛び込めば電車が大破し、毒を呷ろうとすればグラスが割れ、喉元にナイフを近付けようものなら刃が熔け出す。もはや“悪意の反射”の領域を超えた、自然の摂理すら捻じ曲げるこの恐ろしい力は、返し刃にとっておぞましい呪いも同然だった。
こうなる原因を自ら進んで受け入れてしまったことに後悔はないが、自らの意志で死を選ぶことさえ不可能になるとは思いもしなかっただけに、その衝撃と恐怖は大きい。付き纏う弟分の韓国から逃れようとするのも、“いざという時”に自分で自分を制御出来ないかもしれない、という純粋な恐怖があるからだ。例え誰であろうと、共に在ることは出来ない。それが、長く苦しい旅を続ける中で日本が出した結論だった。

「韓国さんのことは、中国さんに連絡をお願いします。私は一緒に行くことが出来ませんので」
「そうはいかないんだぜ!」
足早にその場を去ろうとする返し刃を引き止めたのは、ドイツに担がれたままの韓国その人だった。