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安楽椅子探偵・緑間真太郎の優雅なる略奪

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蓄音機から流れる洋琴の調べに耳を傾けつつ、緑間真太郎は天鵞絨張りの長椅子に長身を投げ出していた。
両手を組んで仰向き、双眸を閉じた洋装姿は人形のように秀麗で、日本人離れした体格も相まって一種絵画的な美しさを湛えている。
英国製の応接卓の上に外した片眼鏡を置き、安らいだ表情で午後の一時を過ごす緑間の姿は優美と呼ぶに相応しく、ともすれば流行の退廃主義と陥りかねない一線を踏みとどまるだけの上品さも兼ね備えていた。
ただ、果たして平日の午睡を許されるに足る身分なのかと言うと幾分か怪しい。
尤も、緑間家は遡れば大名に連なる名家である。華族士族を問わず幾つもの『名家』が落日の一途を辿った中、当時の緑間家当主がいち早く西洋医学の発展に目を付け武家らしからぬ商才を奮った結果、この大正の世にあってもその名の栄光はなお一層輝き続けている。
だが、その緑間家の跡取りであるはずの真太郎はといえば、一高まで出ておきながら帝大を蹴り、叔父から譲られたこの石造りのビルヂングで終日趣味に明け暮れるばかりだ。
高等遊民と呼べば聞こえは良いが、放蕩息子と評されても文句は言えない。それほどに、緑間は世間の求める『名家の子息』像からかけ離れていた。
しかし緑間は世間の目など気にもかけない。実家の邸宅にも戻らず、改装したビルに寝泊まりしては己の思うがままに暮らしている。

――ところで、このビルに住まうのは、緑間一人ではない。

装飾的な扉を叩く音。緑間は返事をしないが、代わりに蓄音機の音を少し絞った。
暫くして、ゆっくりと開かれる扉。顔を出したのは立て襟に袴姿の青年、高尾和成だ。

「真、じゃなかった緑間、依頼人来てるけど」

高尾は数年前に緑間家にやって来た住み込みの書生――だった。
緑間と同じく天下の名門一高に籍を置き、共に勉学に勤しんだ親友でもあった。
だが、一高を卒業してそのまま私大へと進学するはずだった高尾は、帝大を蹴った緑間の後を追うようにして自らも進学を取りやめ、今はこのビルで緑間の身の回りの世話をしている。
二人の間に如何なる考えがあったのかは誰も知らないが、年若く将来有望なはずの青年達はこの石造りの部屋に半ば隠棲を決め込んでいた。

「……三連符が美しい」
「うん?」
「この曲だ。ショパンのスケルツォ第二番変ロ短調。これは特に名盤なのだよ、高尾」
「うん、俺、緑間のそういう所面白いと思ってるけど、依頼人来てるんだって。俺の真後ろに既に居んの」

緑間が目を閉じたまま受け答えをしても、高尾は気分を害した様子など欠片も見せない。ただ、後ろを窺うようにして多少焦ったような声を発してはいた。
その声音に緑間は薄く瞼を開くと、幾許か眉を寄せて不満げな顔を作り、仕方なさそうに起き上がってから片眼鏡を装着する。
明瞭に見えた高尾の顔に思わず顔をほころばせたが、その後ろに見知らぬ人間が居るのを発見すると再び倦んだように目を細めた。

「邪魔しないでほしいものだな」
「緑間が応接室で寝るからじゃん」
「……日報の占術欄に『長椅子が悪運を遠ざける』と書いてあったのだよ」

緑間は世間の噂など気にも留めないが、占術だけは気にする性質であり、日報の占術欄を確認してはその日の予定を決めるのが常であった。その為だけに日報を取っているといっても過言ではない。
拗ねた子どものように目を逸らした緑間に苦笑を零しつつ、高尾は振り返って「どうぞ」と客人を部屋へと通した。
そして自分は軽く会釈してから下がる。下階へ珈琲の準備に向かう為だ。
扉の奥から現れた客人は、艶やかな黒髪の少女であった。
この辺りでは珍しい、海軍のような洋装制服を着込んでいる。
黒地の制服に赤い襟布、上品な顔立ちに長い黒髪。少女雑誌に載っていてもおかしくない、憧れの女子学生像の一つだろう。

「ごきげんよう、探偵さん」
「何か御用ですか」

そのような少女に対して、緑間は驚くほど事務的に言葉を返した。
『探偵』という言葉にだけ片眉を上げたが、特別その単語に言及することもしない。
緑間は、一般的には『探偵』として知られている――と言っても少々身内の周囲で起きた怪事件に対して助言をしただけであって、江戸川乱歩の書くような血生臭い事件を解決したというわけでもない。
それなのに幾人かのお喋りな親戚が折に触れて緑間の聡明さを喧伝するものだから、緑間の意志とは関係無く『探偵』等と認識されてしまっていた。
緑間としては声高に否定したって構わないのだが、高尾が「探偵なんて格好良いじゃん、似合ってる似合ってる」と妙に楽しげに笑ったものだから、未だに他称を許している。
ただ、最近やけに依頼を持ち込む者が増えてしまい、緑間は自分達の時間が浪費されることに苛立ちも覚えていた。
そのせいで年端もいかない少女にも、やや冷たい態度を取ってしまう。

「私を守ってほしいのです。先月は我が家の庭で鳥が、先週は私の愛犬が毒を盛られて、今度は私の命を狙、」
「ああ、一寸待って頂きたい。直に高尾が珈琲を持って来る」

自分から聞いておいて、緑間は少女の言を制止する。
少女はあからさまに機嫌を損ねた顔をしたが、緑間は何処吹く風だ。
暫くすると再度扉が開かれて、高尾が温かい珈琲を持って来た。
客人である少女と、そして緑間の前にそれぞれカップを置くとそそくさと出て行こうとして――そして緑間に袴の裾を掴まれる。

「此処に座るのだよ、高尾」
「ええ、『また』?」
「嫌か?」
「嫌かっつったら、まあ、嫌じゃないけど」

困り顔の割に高尾は緑間の隣に腰掛ける。
高尾も長身の部類には入るが、緑間があまりにも日本人離れしているため、並ぶと身長差が明確だった。
高尾を隣に座らせると、緑間は満足気に頷いて長い脚を組み、珈琲を飲みながら味に酔いでもしたように明後日の方をぼんやりと眺め始める。

「それで、依頼内容は何でしたっけ?」

高尾が人好きのする笑顔で少女へと語りかける。
少女はといえば、聞く気の欠片もなさそうな探偵を見て不安そうに瞬きを繰り返すばかりだ。
高尾はちらりと緑間を見遣って、そして少女に向き直り、苦笑混じりに口を開いた。

「――すんません、うちの探偵、基本的に捜査しないんで」


***


緑間は『探偵』と他称されるからには、一応幾つかの怪事件に対して回答を示している。
だが、そのいずれの場合も、緑間本人が事件現場に向かったことなどない。
緑間は、高尾から事件にまつわる話を『聞く』だけだ。
高尾が持ち前の社交性と洞察眼で集めて来た種々雑多な話を全て頭に入れ、関連の無さそうな事柄を積み木のように組み上げて、『誰か』が引いた設計図を解明する。
一歩も部屋から出ずとも事件を解決する緑間は、いつしか西洋の推理小説に準えてこう呼ばれるようになっていた――『安楽椅子探偵』と。
実際は安楽椅子など持っておらず、長椅子に横になっているか、書斎で本を読んでいるかのどちらかなのだが、世間の者はそこまで知らない。

そういった訳で、如何なる場合もまず高尾が事件の話を聞き、事件現場に赴くのが常だ。
わざわざ訪れた依頼人の話くらい自分で聞いても良いはずなのだが、幾ら高尾が促しても、緑間は頑として高尾からの報告しか受け付けない。