真白物語
と、いった瞬間、二人は身を斜めにしてつき切るような姿勢で、急いで走りだしたのと、二人が避けた場所に幾重にもなる鋭い風・エアカッターが襲いかかったのはほぼ同時であった。
もし、これを避けていなければ、二人の身体は縦横無尽に切り刻まれていたであろう。
「何者だ!!」
サトシが叫んだ。
すると、不適な笑い声と共に二人の目の前に現れたのは、井筒ケイゴである。彼の側には、三匹の振動ポケモン・ビブラーバが空中を舞っていた。
先ほどのエアカッターは彼らが放ったものらしい。
「何者だ、答えろ!!」
サトシがもう一度叫んだ。
だが、ケイゴは鼻の先でせせら笑って、
「これから死ぬおまえたちに知る必要はない……」
と、返した。
「な、何っ!!」
と、サトシが怒気を含んだ様子で頬から電気を漏らしているピカチュウに攻撃を指示するのを、大岡越司が遮った。
そして、妙に落ち着きはらった声で、
「そう、それじゃあ、死ぬ前に君に聞いておきたいことがある……数日前、ヤマブキシティの病院の中で私の友人が殺された。その友人、村田十三を殺害したのは、君じゃないかね?」
これは、大岡越司も確信があって言ったわけではない。俗に言う感働きというものだが、しいて言えば、村田十三の身体に縦横無尽についていた切り傷が先ほどのビブラーバが放ったエアカッターのものと共通していると感じたことからであった。
彼のように長らくポケモントレーナーとして心身を鍛えていると、時に常の人が思いもよらぬような感が働くものである。
さて、この問いにケイゴはまたせせら笑うように、
「そう、その通り……あの村田十三を殺したのは、この私だよ、ふっふ、ふふ……」
「何故だ、何故あの村田を殺したのか、それだけは聞かせてくれ。そうでもないと、死んでも死にきれないのでね……」
「おお、おお……良いとも、聞かせてやるとも。むかしなぁ、ある地方のポケモンバトル大会で、おれと、お前の友だちとで試合をしたことがある。その地方の実力者の前でな、つまり、俺の腕試しというわけだよ……」
一瞬シーンとした沈黙が、辺りの木立を支配した。
冬のカントー地方の冷たさがさっきから、一同の足を這い上がってきている。
ケイゴはそういったことには委細かまわずに語り続けた。
「そこで、俺はあの村田十三に手ひどく打ち負かされた。もし勝っていれば、その地方での栄誉も名声も手に入れていたろうよ。ところが試合に負けてからというもの、俺はすること成すことみんな失敗してしまったのさ」
「その恨みだとでも?」
「その通りさ。最初は貴様を殺せと命じられたが、貴様を追っていくうちにあの男に行き着いたから殺したまで。俺はな、ポケモンバトルで他人に負けたくもないし、事実あの勝負以外はすべて勝ってきたのさ……」
ここで、ふてぶてしく笑って見せたケイゴはモンスターボールから念力ポケモン・フーディンを繰り出すと、
「さあ、話は終わりだ。今からおまえたちをあの世に送ってやる」
と、言った。
サトシはあくまで戦うつもりらしく、ピカチュウと一緒に身構えたが、再び大岡越司が彼らを遮ると、ケイゴの指示で四匹のポケモンから一斉に技が放たれた。
ところが……
「ハクリュー、アクアテール!!」
その攻撃が大岡越司にまで届く前に、いつのまにか放たれていたドラゴンポケモン・ハクリューのアクアテールによって打ち消されたのだ。
ハクリューはそのドラゴンポケモン特有の澄んだ眼差しをケイゴのポケモンたちに向けていた。
そのまま、大岡越司は息もつかせず、
「破壊光線!!」
最大の気力集中から放たれた一撃は、まるで磨き抜かれたダイヤモンドのように美しい一閃の光箭となって、ケイゴのポケモンたちに襲いかかったのである。
この一撃によって生まれた爆風が収まったときには、すでにケイゴのポケモンたちは瀕死の状態となっていた。
井筒ケイゴはこの状況にしばらく目を見開いてボーっとしていたが、やがて今の状況を理解すると、
「ひ、ひいっ!」
と、悲鳴をあげて逃げ出したが、
「逃すな、ピカチュウ、十万ボルト!!」
と、いつでも行動に移せるように構えていたピカチュウの攻撃によって、ケイゴは体の隅々が焦げ付きながら、その場にひっくり返ったのである。
さて。――
ここで尻切れ蜻蛉に終わることははなはだ遺憾なことではあるが、この話はここで結末を迎えなければならないのである。なぜなら、この事件の主犯であった井筒ケイゴは犯行の一切を認めたが、その過程を語らずに監房の中で青酸カリを仰いで自殺してしまったからである。彼がなぜ監房にまで毒物を持ち込めたのかは未だに謎になっているが、この話を聞いたとき、面目なくうなだれるジュンサー警部を前にして大岡越司は、
「それは自殺ではない、殺人が行われたのだろうよ……」
と、呟いたものである。
「先生、その殺人を行ったものは……」
「もちろん、この私を殺すように依頼した人物が手をまわしたのだろうよ」
大岡越司のこの言葉は、荒唐無稽なものだったけれども、それは事実として的中したのである。
「それは、やはりロケット団なのでしょうか?」
「だろうね」
と、言った大岡越司は窓際に立つと、
「奴らめ、本格的に動き出したものと見える……」
と、呟き、空を仰いだのである。
その日の空は、よく晴れていた。