銀魂log...Vol.1
やがて春雨は降りだした (銀時)
肉欲が止まない。出逢いたい。話したい。触れ合いたい。それは、行き場のない愛情だった。常日頃見聞きしていた愛は、もっと美しい形をしていた。完璧なる造形 の中心で笑う幼子を見ながら、毎日を過ごすこと。それが、坂田銀時という人間が、歩む唯一の方法であった。延々と続くのは、死への恐怖であった。名すら忘 れた素振りを続けていた。やがてそれが真実味を帯びてきたところで、漸く坂田は、自身が酷く狼狽していることに気付いた。消える記憶こそが、死と同等で あった。高杉の潰れた眼の行方を羨んだものである。桂のまっすぐな髪を、うとんだものである。銀時には与えられなかったものを、彼等はその両手で、人生で 抱えていた。狂気のような音色の渦に、己が巻き込まれなかった事実は、日ごとに、感触を増していく。加えて、先生が見知らぬ誰かに抱く、はしたない欲望 が、銀時には付きまとっている。明日が煩わしい。坂本についていき、大気を失い破裂してしまいたい。神楽を前に言えぬ泣きごとは、自室の空虚なふすまにぶ つけられた。ごろつきに、心臓をえぐられてしまいたい。新八を前に言えぬ本音は、少しずつ汚れていく机に、投げかけた。今日がいつだったのか覚えている か。毎年、繰り返すのは片目をなくした男であった。覚えているよ、ということさえ億劫になり、ただ背を向けていた。歴史のような、痕跡が少しずつ自分から 消えることを望んでいたのである。
窓を眺める。往来の人々の中で、湧きあがるような黒色を探していた。おぞましい感情だった。人を好きになることは、もっと美しかった。先生は、もっと綺麗 だった。俺は、もっと綺麗だった。失ったのは、純潔だったのか。女のような考え事は、身体から筒抜けぬ。ただ、銀時の心中をぐるぐると回っている。重心を かけた左足が、寒さにきしむような気配がした。眼下の道路に、落とされた黒が見つからぬ。焦燥だけが、銀時の頭を混乱させた。それは解らぬものだった。名 前しか知らない感情に、動かされる感覚は、喪失感に酷く似ていた。青ざめた顔と、はやる鼓動がリンクする。
「俺は、何も愛したくなかった、恋はいらなかった。守りたいものだけで、よかった」
それは後悔なのか。桂の言葉は、髪の毛のようにまっすぐだ。美しくないものを、望む人間にはなれないだけなのだ。そう銀時が告げる前に、湧いた黒が、太陽 に照らされた。伸びる影よりも、はるかな強さに、じとりと肉欲が垂れ下がる。あらがえぬ日々が、ポツリとはじまったのだ。それは再び、忘却の彼方へ行けぬ ものである。手を引かれたのは、ただ醜い。しかし止まぬ滴の、場所だった。
流れる季節だけをうとんでいた。彼だけは、憎めなかった。今日は終わりとはじまりの間で、いったりきたりしている。銀時は、その窓枠をぼんやりとみてい た。先生の顔は、日ごと、薄まっていく。
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2010/01/16
作品名:銀魂log...Vol.1 作家名:べそ