銀魂log...Vol.1
candy rain(高杉と銀時)
それは、男の筋肉であった。 肩甲骨を、薄く覆い、背骨のあたりで、隆起する、意思を持った肉である。 銀時が、薄く触れた男は、女の様な振舞で、こちらを見て、笑った。 下卑た笑いであった。 銀時は、驚愕を飲み込むことさえ、出来ぬ。 視界を、汚す白の匂いは、脳裏から、糸を引き、姿を現した。 醜い有様を、男は見透かした様、笑っている。 紫煙毎、銀時は、男を憎むに違いなかった。
男が、慕った誰かは、よくそれを吸っていた。 軋む、畳の上、男と銀時は二人きりである。 誰もいない、窓越し、男は、そればかりを見つめていた。 銀時は、帰れぬ時代の有様を、未だ愛すことも、憎むことも叶わぬ。
「先生には、なんて言った」
男の言葉は、銀時には、明白である。 梅雨のように、雨は降り止まぬ。 男の視線の先、銀時の総てが眠っている。 それの、死に顔を、忘れたことはない。 同様に、思いだすことも、銀時はしなかった。 それは、古傷のよう、湿る程に、存在を主張する類の、罅である。 銀時は、それから眼をそらすことに懸命だった。
男の、首筋を、月光が照らしている。 商売女のように、白い皮膚には、幾重もの、線が見えた。 銀時が付けた傷は、一つもない、歪な、しかし、消えぬ線である。 男が、死ぬはずだった日、銀時はそれを見ることを辞めた。
「さあなあ」
眠りから、目覚めぬ誰かを待つのは、酷く苦しい。 銀時が吐露すべき本音は、どこへもいかれず、男の笑い声に圧死した。 惚けた顔をすれば、男は、銀時を、抱き寄せた。 仕草と香りは、十数年の時を、忘れ得ぬので、銀時は、思わず笑った。 触れた肩は、銀時よりはるかに幼く、しかし、女子の、柔らかさを持ちえない残酷さを纏っていた。 男2人、途方のない先を、見つめている。 雨は、一向に降り止まぬ。 姿を変えた川は、濁り、醜さを晒しながらぐんぐんと、流れて行く。 男は、それを見つめている。
「お前の大好きな、先生から、なんて言われた」
間口には、壊れた傘が、置き去りにされていた。 銀時の湿った靴もその横に並んでいる。 男の、思い出と呼べるそれは、切り刻まれたまま、襖を乗り越えられぬようだった。
銀時は、男を、度度憐れんだ。 そして、己を、見放しては、ため息一つつくことを諦めたのである。 銀時は、決まって、昔話の粋を出ない純粋な美の世界で、男を待つのだった。 銀時は、この部屋が、今なのか、昔なのかさえわからぬ。 ただ、頬を撫でる、黒髪が、以前より痛んでいることだけが、判然としていた。
「忘れた」
「そうか」
「そうだ」
「お前は、まだ不細工なままだな」
しとどに濡れた窓越しに、男だけ、笑っている。 銀時を映す瞳は、一つきりであった。 銀時は、暗がりのような穴を愛すことさえ、出来ぬまま、濡れていた。 到来するのは、沈黙の、幼子である。 高杉という男は、不自由に、こちらを眺めていた。
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2010/01/16
作品名:銀魂log...Vol.1 作家名:べそ