銀魂log...Vol.1
げんそう(桂と高杉)
目覚めて、一番にすることは、決まって切れてしまった本を撫でることであった。 馴染みの友人に切りつけられて、暫くが経つ。 未練がましく、踏襲した長髪は、もうどこにもなかった。 短く切りそろえられたえりあしに、手を伸ばすと、追想に身を遣られてしまう。 「おはようございます」 意味を為さぬ声は、無人の家でよく響く。
チャンネルを回せば、不快な音が飛び込んだ。 数年前、連日聴き続けた音である。 何もかもを、無に帰す爆発音と、それに伴って舞う赤と黒は、時代が過ぎても変わることを知らなかった。 小さな画面の内で踊る、黒い制服に嘲笑を向ければ、見知った色が目に入る。 何処であろうと、失せた銀色は、よく映えた。 「ぎんとき」 起きぬけの乾いた咽喉から零れおちた音は、あまりに無様だった。 が、回らぬ頭ではそこはでの分別はつかぬ。 ただ、身に立ち込める衝撃は、どこへも行かれない。
騒動を聞きつけ、足早に家を飛び出したところで、全ては終わっている。 落ち着いたナレーションが続いている画面で、点のような銀色がゆらゆらと揺れていた。 画面を占める赤い炎は、何時か己が身を投じた戦争によく似ている。 注視すると、深い色の奥で、より一層濃い色が横たわっていた。 あれは、死体に違いない。 過去と現実をかぶせながら、見つめた画面は、CMへと切り替わる。 流行りの俳優やアイドルが、何かを告げているが、都合の悪い耳には、一切が入り込まぬまま、仕様のない時間が過ぎていく。
誰かに知らされるまでもなく、根源を知っていた。 足早に、男の隠れ家へ向かえば、窓からこちらを伺う視線とぶつかった。 視線だけで、男を責めると、相槌のよう、その口元が歪むので、気味が悪い。
「あいつァ、震えてたぜ」
「それも一瞬だがな」
男の語る騒動の描写は、そこらの抒情詩よりもはるかに雄弁で、温かである。 誰彼が死に、傷ついたというのに、男の着眼点はそこに落ち着かぬ。 ただ、互いの馴染みについてばかり語る薄い唇は、開いたり閉じたりしながら、自身の感情を押しこめている。 共に赤い炎を見つめたとき、あまりに幼かった私たちは、記憶にこびりついたそれが真実なのかさえ、見定めることが出来ない。
人は、あまりに悲しみが大きいと、固まってしまうのだと知ったのは、随分と昔のことだった。 銀色の頭が、じいと動かないでいるのと男と並んで眺めていた。 小さかった背中が、成人のそれになるまでずっと、である。 私たちは、銀色を眺めて、生活した。 どれだけ注視しても、飄飄とした姿勢のまま、一切を崩さない銀色は、誰かを殺したあともじいと動かない。 もしかしたら心はとうに死んだのかもしれぬと、危惧しては、声にならぬ悔しさを押し殺す。 すると口から漏れ出すのは、己の悲しみやら悔しさばかり、未熟な精神はそれに屈しては折れ曲がる。 銀色は、そんな己らをみては、笑う。 縋るように天を見上げたあとの、晴れやかさで、ただ笑うのだった。
「相変わらずの目をして、それきりだ」
「お前は、高みの見物か」
道は、とうに違えてしまったというのに、先ほどから進む酒は、止まらぬ。 二つ並んだ御猪口に、眼をやれば、皮肉のような笑みが浮かぶので、堪らない。 「あいつは、幕府の狗の服を着ていたぞ」 鈍った頭で、思い出すのは先刻の画面である。 問えば、過去にとらわれたままの男は笑った。 だから言っただろう、震えていたと。 そう告げると、手元にあった煙管と取り出して、すうと目線を細める。 片目だけの視界で見たであろう風景を、思いやることは出来なかった。 あれは、あまりに痛ましかった。
「俺は、慰めてやることも出来ねえからな」
「なら、尚更」
続けようとした言葉は、散々口にして、暫く前に、その形を壊してしまった。 二人向き合って、銀色の頭を思っている。 けれども、同じものなど、二度とは見えなかった。 脳裏にちらつくのは、画面のそれだけで、男の云う、銀色の震えなどは、映らない。
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2010/10/23
作品名:銀魂log...Vol.1 作家名:べそ