【かいねこ】クレイジーガールの恋愛衝動
目を開けたいろはは、ぼんやりと天井を見上げる。
周囲の喧噪が徐々に意識に上ってきた頃、ひょいと見慣れぬ顔が覗き込んできた。
「よお、起きたか。俺はリーキ。はじめまして、だな」
「はじめまして。あたしはいろは。貴方、カイトのマスターでしょう?」
「ああ、そうだ」
いろはが体を起こすと、リーキはベッドの端に腰を下ろす。
「首の傷は、綺麗にしておいたからな」
「うん、知ってる。あれだけ綺麗に切れたら、痕も残らないでしょう?」
「良く分かってんな」
「ねえ、あたしのマスターは?」
その言葉に、相手は一瞬顔を強ばらせるが、すぐに笑顔を作った。
「俺が新しいマスターだ。よろしくな」
いろはは二・三度瞬きして、リーキを見る。本気で言っているのだと判断し、了承の印にこくりと頷いた。
「そう・・・・・・よろしくね、マスター」
「えらく聞き分けがいいな」
「分かってたから。マスターは・・・・・・前のマスターは、悪いことしてて、いつかお別れしないといけない時が来るって」
いつか、自分が必要とされなくなる日が来ると、覚悟していたから。
「悪いことしてるの知ってたけど・・・・・・あたしのマスターだから」
所詮「機械」の自分に、主人を選ぶ自由などないと、知っているから。
「俺は、お前を裏切らねーよ」
小声で呟いたリーキに、いろはは怪訝な視線を向ける。
「ねえマスター、カイトは?」
「もう来るんじゃねーの? その前に、邪魔者は退散するわ。やることも山積みなんでね」
手を挙げて出ていくリーキを、いろはは不思議そうな顔で見送った。
「いろは、大丈夫?」
リーキが出て行った後、入れ違いにカイトが入ってくる。
「うん、平気。あのね、さっきまでカイトのマスターがいて、あたしのマスターになってくれるって」
いろはの言葉に、カイトは少し間を空けてから、
「ふーん」
「嬉しくない?」
「いや、嬉しいよ。ただ、予想通り過ぎて、もう少し意外なことすればいいのにって思っただけ」
カイトは椅子を引っ張ってきて座ると、いろはの喉元に手を伸ばした。傷口は綺麗に修復され、継ぎ目すら見あたらない。
「痛かった?」
「ううん。痛いと思う暇もなかった」
「そう。ごめんね」
「何で謝るの?」
「嫁入り前の体を傷物にしたから、かな」
やけに古風な物言いに、いろはは吹き出した。
「カイトは、そんなこと気にするの?」
「うーん、他の相手にはそうでもないけどね。いろははヒト型だし」
ひとしきり笑った後、いろははふっと目を伏せる。
「あたし、負けちゃったから、カイトの彼女になれないね」
「そうなの?」
「言い出したの、あたしだから。約束は守らないと。でも、カイトのことは好きよ」
「俺も、いろはが好きだよ」
さらっと言われて、いろはは言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。目をぱちくりさせて、カイトの赤い瞳を覗き込む。
「え?」
「そういえば、俺が勝ったらどうするか、言ってなかった」
「えっ、あ、うん。何でも言って?」
「そうだね。いろはを傷物にした責任も取らないといけないし」
カイトはいろはの手を取ると、その甲に口づけする。
「じゃあ、俺のお嫁さんになって」
「は? あっ、え?」
「駄目?」
「えええあああだ駄目じゃないです!! あの、えっと、ふ、ふつつかものですが、末永く宜しくお願いします」
慌てふためくいろはに、カイトはくすくす笑いながら、耳元に唇を寄せた。
「いろはは、世界一可愛いよ」
終わり
作品名:【かいねこ】クレイジーガールの恋愛衝動 作家名:シャオ