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花の名前6

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幸せな、夢を見ていた。
 白い雪に閉ざされた極寒の地で、私と、あの人とー
 幸せだった。とても。
 たとえそれがつかの間の幻にすぎなくても、それでも私はー



 目が覚めたときほんの一瞬、自分がどうなっているのか、そんな混乱の中に陥った。
 目の前にあるのは一郎という青年の寝顔。本当に吐息が伝わるほどの距離にある彼の顔を凝視し、なぜ?ーとマリアは思う。
 昨日は背中合わせで眠りについたはずなのに、今、彼の腕の片方はマリアの頭の下にあり、もう片方はそっとマリアの肩に寄せられている。
 どうしてーマリアは再び思った。
 私は夕べ、彼を怒らせたのにー


 
 『ー君は女で、俺は男だ』

 昨夜彼はそう言った。そのことの意味が分かるか、とも。
 もちろんそんなことくらい分かっていた。そのことの意味を理解できないほど、マリアは子供ではなかった。
 ただ不思議だった。彼の口からそんな言葉が出たことが。たぶんその瞬間に至るまで彼を異性として明確に意識していなかった。失礼な話だが、彼のことはまるで害のない小さな動物か子供のようなものとしか認識していなかったのだ。
 マリアはわき上がる疑問をそのまま彼にぶつけた。自分を抱きたいのか、と。決して彼を困らせたかったわけではない。ただ知りたいと思ったのだ。
 彼が自分をどんな目で見ているのか、どうしたいと思っているのかーそのことを、知りたかっただけ。ただ、それだけのことだった。
 だが、そんなマリアの意図とは裏腹に、彼はひどく困ったような、どうしていいか分からずと惑う子供のような、なんだかとても無防備な顔で、マリアの顔を見つめていた。
 その顔を見た瞬間、マリアは不意に彼とそうなってもいいか、と思った。つまり、彼になら抱かれてもいい、と、ほとんど突発的に。彼に恋をしているわけではなく、愛しているわけでもなくー自暴自棄になったわけでも、もちろんない。ただごく自然に、その思いが心に落ちてきたーそんな感じだった。

 好きにすればいいー気がついたときにはそんな言葉が口をついてでていた。すぐ横で聞こえた彼の息をのむ音。その眼差しが自分に注がれているのが分かった。
 傍らで、人の重みが動く気配にマリアはとっさに目を閉じた。
 だが、いつまでたってもその瞬間はやってこなかった。
 目を開け、傍らを見たマリアの目に映ったのは、頑なに全てを拒むような、そして少しだけ悲しそうなー彼の背中だった。
 


 そうー私は彼を怒らせた…その、はずなのに…

 マリアは困惑混じりの眼差しを彼の寝顔に注ぐ。そうして間近で見つめて思う。目を閉じた彼は、まるで子供みたいだと。あどけなく、邪気のない寝顔は、思いの外幼く見えた。
 動いてしまえば彼を起こしてしまいそうで、マリアは身じろぎ一つ出来ずー目線だけでそっと彼の顔の輪郭をたどる。そうしてじっくり見てみると、彼が意外に整った顔立ちをしていることに気が付いた。
 どうして今まで気付かなかったのだろう、と思う。しばらく考えて、その理由に思い至った。それは、彼の瞳のせいだと。いつも…いつでも真っ直ぐに人を見る、迷いのない眼差し。彼の顔を見るとき、自然とその力強い瞳に目が引き寄せられてしまうのだ。なぜか、いつのまにかー。
 不思議な人…マリアは思う。
 まだ出会ったばかりだというのに、こんなにも彼に対する警戒心がないのはどうしてだろう?
 あの人に似ているから?-たぶん、それもあるだろう。でもそれだけではない、そんな気がする。
 もしかしたら彼の瞳がーいつも優しく、慈しむように見つめてくれるその瞳が、冷たく凍えるマリアの心をそっと包み込んで温めてくれているから、なのかも知れない。
 マリアは大神の顔を見つめた。静かに、だが、強い思いを込めて。
 不意に、彼が身じろぎをする。カーテンの生地を通しても明るく差し込む朝日に眠りを妨げられたのだろう。眠り足りなそうに、のろのろと開いた瞼の下から漆黒の瞳が現れる。
 その瞳がすぐ目の前にあるマリアの顔を認め、嬉しそうに細められた。

 「ほら、ね?」

 まだ半分くらいは寝たままなのだろう。いかにも眠そうな、舌っ足らずな口調で、彼は言葉を紡ぐ。

 「俺は、ここにいるだろう?」

 ふわりと微笑んで、彼はマリアを抱く腕に力を込めた。

 「約束したんだ…。俺は…ずっと…君の、側、に……」

 言いながら、彼は再び微睡みの中へと戻っていく。彼の言葉が、昨夜見た夢の中、あの人が口にした言葉と重なった。
 微笑み、眠る彼の顔を、マリアは泣きたいような思いで見つめた。
 そして、彼だったのかーと思う。
 あの、幸せな夢を見せてくれたのは、彼だったのかーと。
 彼の腕が、その胸が暖かでー切ない胸の痛みに息が詰まる。それは昔誰かがくれたもの。父が、母が、そしてあの人がー。
 マリアはぎゅっと目を閉じる。そうやって全ての痛みをやり過ごしてしまおうとするかのように。
 静かに冴えた意識のままで、マリアは男の胸に顔を埋める。男に気付かれないように、その眠りを覚まさないようにーマリアは涙を流さずに泣く。
 逃げても逃げても、結局は逃れきれない、苦しくも愛おしい、切ない思い出を抱き続けたままで…



 町に行こうーそう言いだしたのは彼の方だった。
 朝食とも昼食ともつかない食事を終え、太陽も中天をこえた、昼下がりのことである。
 君のいる場所をいろいろと見てみたいんだー彼はそんなふうに言った。だから、どこか行ってみたい場所があるのかと思い尋ねてみれば、どうやらそうでもないらしい。
 観光名所が見たいわけじゃないんだー彼が言う。
 俺が見たいのは君の生活している場所。良く買い物に行くところやお気に入りのカフェ、行きつけのバーや…とにかくそんな所なのだ、と。
 変わっているーそう言ってやると彼ははにかんで、

 「ただ、君のことをもっと知りたいだけだよ」

 そう、照れくさそうに笑うのだった。



 ニューヨークの町並みは相変わらず人であふれていた。
 どこに行こうか悩んだあげく、マリアが選んだのは良く行くショッピングモール。そこは洋服の店から食材屋、少し細い路地に入り込めば銃を扱う店まで、いろいろな店が雑多に集まる、マリアの行きつけの場所であった。
 まあ、何が欲しいというわけでもないが、そういう場所に行きたいというのだから仕方あるまい。仕事と買い物以外ほとんどと言っていいほど部屋にこもりきりのマリアには、彼を案内できるほどの場所などたいしてありはしないのだから。
 夕食の買い物でもしながら案内すればいいーそんなふうに考えながらマリアは彼を連れてモールのメインストリートを歩いていた。
 そんな時だった。
 買い物も終え、両腕に荷物を抱えてにこにこしながら歩いていた彼が急に足を止めた。その目がある一点を見つめたまま動かない。何事かと思い彼の視線を追ってみると、そこにあったのは小さな花屋がただ一軒。ふけば飛んでしまいそうな古い店先には、それでも色とりどりの美しい花々があふれかえっていた。

 「あの、白い花…」

 ぽつりと彼が呟いた。
作品名:花の名前6 作家名:maru