ユースティティア
アムロがシャアと結婚して約1年が過ぎた。
ITの寵児と言われながら就職難にあっていたアムロが、空腹のあまり公園で行き倒れ状態になっていたシャアを拾い、それがもとでシャアの会社に入社したのが2年以上前。
アムロに触発されて活躍し始めたシャアを疎ましく思っていたアメリカ側の重役連によってアムロが大怪我を負い、そのせいで発語に支障をきたす障害を残してしまったが、二人の絆はこの試練を乗り越える事で強固なものとなり、結婚。
シャアの両親もアムロを我が子の様に可愛がり、幸せの中でアムロは子を授かった。
今、アムロの胎内でシャアの子供は順調に育ち、後2ヶ月で産み月となる。
小柄な身体に大きく張り出したお腹は見るからに大変そうで、シャアは何をするにも何処へ行くにもアムロに付きっきりで過ごそうとし、周囲の人を呆れさせる事半分、微笑ましくさせる事半分の日々を送っていた。
とは言え8ヶ月目ともなると仕事に出るのも問題となる為、その日の朝からアムロはKenwoodの館で過ごす事になった。
「では行ってくる。くれぐれも大人しくしているのだよ? 機械工作などもってのほかだからな。ゆっくりと音楽でも聴いて、リラックスしているのだよ?」
シャアは館のホールで出社の支度を完璧に済ませた状態で、愛妻の髪を撫でながら切々と訴えていた。
『解ってる。大人しくするように努力するわよ』
「努力ではなく守ってくれたまえよ。ああ…。心配で出かけられない!」
シャアはアムロを掻き抱くと頬擦りをし始めた。
「旦那様。出社予定時間を既に10分オーバー致しております。いい加減奥様を解放なさいませんと…」
執事のエドワルドが控えめながらも注意を促すが、これも最初から数えると何回目になるのか。
「ああ!解っている!! だが、アムロを残して出社するなど……。そうだ! 私が在宅で仕事をすれば…」
『シャア!!』
「旦那様!!」
アムロとエドワルドの叱責の声が重なった。
アムロはシャアの胸をドンッと突くと、身体を腕の中から引き剥がした。
『あまりバカな事を口走ってると嫌いになるからね! 貴方が最高管理者なんだから、しっかりと仕事をしないとその下に付く数百万の人達が路頭に迷う事になるのよ?! 解ってるんでしょうね!!』
腰に両手をあててまくしたてるアムロは、既に肝っ玉母さんの風情を垣間見せている。
その貫禄を目にして、シャアは嬉しそうに微笑んだ。
『何を笑ってるの?! さっさと仕事に向かいなさい。ギュネイを待たせない! ナナイさんに迷惑をかけないの!』
「了解だ。仕事に行くよ。だが…」
眉間に皺を寄せて怒るアムロに、シャアは左手を掬い取って薬指に唇を寄せる。
「私の安心の為にも、大人しくしていると誓って欲しい。そして、エドワルド。くれぐれもアムロが無茶をしないように注意を怠らないでくれ」
「心得てございます」
エドワルドは優雅に胸に手を当てて挨拶をした。
「では、行ってくる」
シャアは素早くアムロを抱き寄せてキスを盗むと、颯爽と扉の外に待ち構えるリムジンに乗り込んだ。
「さて、奥様。本日は旦那様も早めのご帰邸の御予定と伺っております。御夕食のメニューは如何なさいますか?」
エドワルドの問いに、アムロはここ数日のシャアのスケジュールを思い出した。
政財界の高官・役員との会食が続いている。
『私が和食を作ります。お野菜、入手出来ますか?』
アムロの答えに、エドワルドがにっこりと笑った。
2010/09/20