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この小さな世界で二人

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開け放たれた大きな窓から、潮の香りが混じる風が優しく吹き込んでいた。穏やかな陽気が心地よく、平古場は部活から帰って特にすることも無く、だらだらと怠惰に過ごしていた。夕食までの時間を潰そうとベットに寝ころびながら、学校指定の鞄から携帯を取り出して手馴れた仕草で操作する。メールの確認を終えた後は、今比嘉中で流行っている携帯ゲームの画面を開き、夢中になってスコアを伸ばすことに専念していた。けれど、部活の疲れもあった所為か、それとも眠りを誘うほどの陽気の所為か、いつの間にか平古場は眠りに落ちていた。

 頬を撫でる風を感じて、平古場は寝返りを打つ。覚醒と眠りの狭間を彷徨っていると、また頬に風を感じて、意識がふわりと浮上するのを感じた。けれど、目を開けるという些細な動作をすることが億劫で、平古場は寝起きの気だるい感覚に眉を顰める。ゆっくりと目を開けると、ベットの側面に背中を預けて座る人物の後ろ姿が見えた。寝ぼけた頭では、その後ろ姿がすぐには誰か分からず、数秒間ぼんやりと見つめ続けてしまった。
 瞬きを2度繰り返して、平古場は小さく笑みを浮かべてから、のそりと起き上がり、こちらに背を向けて座る人物に近づいた。その動きでベットが軋み、振動が伝わったのか、後ろを向いていた人物がゆっくりと振り返った。
「起きたんですか?平古場、クン……?」
 その振り向いた横顔に、唇を軽く触れる程度に押し付けて、ふわりと寝ぼけ混じりの笑顔を平古場は木手へと向けた。
「うきみそーちー。えーしろぉー」
 そのまま首筋に顔を埋めて、後ろから木手を抱きしめて温もりを味わう。頭の上から溜め息が聞こえて、軽く頭を叩かれるけれど、抱きしめる腕をほどく事はせずに、木手の香り味わうように耳の後ろに鼻を押し付ける。
「何で、いるんだ?」
 耳元で囁かれる声は直接脳へと語りかえられているようで、木手は響く声に眉を寄せる。そう問いかけて、楽しそうにまとわりつく平古場を、鬱陶しいとばかりに頭を押して離れさせようとした。強く押されて顔だけ離されてしまったが、腕は前に組んでいるお陰で、二人は一定の距離以上は離れることはなかった。
「君の忘れ物を届けに来ただけです。さっさと離れなさい!」
「忘れ物……?」
 木手の鞄の近くに、和英辞書が置かれていた。それは、平古場が持って帰るのが重くて嫌だった為、部室に置いて帰ったものだった。どうして、わざわざ持って来たのかが不思議で、木手を拘束していた腕を解き、ベットの端に座り直した。
 不思議そうな顔で、辞書を見つめる平古場に、木手はもう一度溜め息を吐いて、辞書を拾い上げて平古場の膝へと置いた。
「週明けに、小テストがあること忘れているでしょう……」
「あっ……」
 目を軽く見開いて固まる平古場に、「まったく……」と呆れた声を出してから、木手は静かに立ち上がった。平古場は瞬きを一度して、立ち上がる木手を見上げれば、床に置いてある鞄を拾って、帰り支度を始めてしまった。
「これ、届けるためだけに来たのか?」
「ありがたく思いなさい」
 平古場の問いとは少しずれた返事に、何か違和感を感じて、木手の空いている手を掴んだ。「何か?」と不機嫌そうな顔で見返してくるから、平古場は困った様な顔で小さく笑った。
「辞書にふぇーど。永四郎さ、折角きたんやし、もう少しここにいてくれよ」
「俺はここにいる理由がないのですが」
「用事でもあるのか?ちょっとでいいからさ、わんに付き合ってよ」
 木手を掴んでいた手を強く握って、「駄目か?」と控えめに問いを重ねれば、木手は平古場から目を逸らしてしまった。駄目だったかと不安になりながら木手を見つめていれば、小さな溜め息が聞こえてきた。
「……分かりました」
 不承不承と言った様子で木手は、平古場の隣に腰を下ろそうとしたが、それよりも早く、平古場は木手の手を思い切り引っ張った。バランスを崩した木手は、ベットの上に平古場と一緒に転がる羽目になったが、とっさに受身を取ったので顔からベットに倒れこむことにはならなかった。
「……っ、平古場クン!」
 勢いよく起き上がろうとした木手の上に、薄いシーツが被さって視界が薄暗くなる。しかも、上から平古場が圧し掛かるように抱きついて来た所為で、上手く身動きを取ることが出来なかった。
 焦りを覚えて、平古場の名前を二度繰り返し呼べば、首元に顔を埋めていた平古場から押し殺した笑い声が聞こえてきた。
 もがいていた動きを止めてみれば、平古場はしがみ付くように抱きついてきてはいたが、特に何かをする様子はなく、ただ肩を震わせて笑っているだけだった。呆気にとられて固まってしまった木手に気がついたのか、平古場は抱きついていた腕の力を緩めて、木手と顔の位置が同じになるように隣に寝転んだ。
「よかった」
 未だに笑いが収まらない様子で、「良かった」と意味の分からない言葉を繰り返す平古場に、木手は無言のまま睨みつけた。その表情さえ愛しいと言わんばかりに、平古場は笑みを深くして、木手の頬へと指先を滑らせる。
「わんに、何かされると思った? さすがに、こんな突然何かしたりしない」
「……どうでしょうね」
 嫌味交じりにそう言えば、頬を撫でていた平古場の指が動きを止めた。笑いを収めた表情で、真っ直ぐに木手を見つめながら、優しく包み込むように、そっと掌でその頬を覆った。
「永四郎がつれないのは、前からなのは知ってるさ。付き合ってるのに、あんまり反応が薄いから、わんのこと本当は何とも思ってないのかなぁって不安になった……。だから、試すようなことしてごめん」
 木手の反応が思ったよりも大きくて、平古場のことをそういう意味で意識してくれていたことが分かって嬉しかったのだと、申し訳なさそうに木手を見つめていた目が伏せられた。
 平古場の口から出た言葉に、木手もまた戸惑いを覚えた。嫌いになった訳でも、意識していない訳でもない。ただ、木手には平古場以外にも考えなければならないことが沢山あった。沢山のものを、木手はその腕に抱えて、一つとして取りこぼしたくないと思っていた。だから、どうしても平古場のことだけを優先して考えることが出来なかった。
 平古場の存在は、木手が持つ世界の一つだけれど、絶対ではない。
 こんなことを言えば、平古場に対して不誠実なのは分かっている。だから、口が裂けても言えない。平古場が何を木手へと求めているかなんて分かりきっているのに、それを全て渡してやることが出来ない。
 嫌われてもおかしくないのは、寧ろ木手のほうなのに、それでも付き合いだした頃から変わることのない、熱の篭った瞳を木手へと向けてくれる。
 だから木手も、他の何を平古場に渡せなくても、その瞳と同じだけの熱量を瞳に込めて返そうと決めていた。きっと、木手が渡せるものは今はこれだけだから。
 頬にかかる金色の髪を梳いてやれば、伏せられていた平古場の瞳がゆっくりと持ち上がった。言葉もなくただお互いの黒く輝く瞳を見つめ合う。触れ合った手から伝わる熱が、瞳の奥にまた一つ熱を灯した。
 どれほどの時間が経ったのかすら分からなくなった頃、平古場がまた小さく笑みを零した。
作品名:この小さな世界で二人 作家名:s.h