この小さな世界で二人
「こうしてシーツを被ってると、まるで二人だけの世界にいるみたいやし」
シーツが外の世界との境界となり、頭まで被っていることもある所為か、まるで閉じられた小さな世界に二人だけでいるようだった。薄手のシーツだから、薄らと外の光が透けている為、お互いの顔だけはよく見える。
平古場は、この時間がずっと続けばいいと思ったけれど、口に出すことはしなかった。何故なら、それはきっと平古場の方が先に耐えられなくなるからだ。
平古場自身分かっていた。縛られることを嫌う自分自身が、一つの場所に留まり続けることを良しとしないいということを。きっと、広い世界へといつか飛び出して行こうとするはずだ。
誰にも束縛されたくない。だから、誰かを束縛することもしたくない。
そうずっと平古場は思っていた。木手と出会うまでは。
正確に言うならば木手と付き合うまでは、だが。木手の全てを平古場だけのものにしたい、見つめる先に平古場だけがいればいい、そう思ったことは一度や二度ではなかった。
親しい人達と話す姿を見て、テニスへ向ける情熱を感じて、それ以外にも木手のことを知れば知るほどその存在に惹かれた。そのどこまでも真っ直ぐな背中に、平古場が救われていたなんてきっと知らない。一生言うつもりもなかったが。
何もかも、木手の存在全てが平古場のものになればいいと思う。けれど、平古場が好きになった木手は、平古場の手の中で収まってしまうような小さな存在ではない。誰よりも高みを目指し、誇り高く、不屈の精神であり続ける男だ。そんな木手の持つ強さが好きだった。
何より木手が木手らしくあり続けて欲しいと平古場は思っている。それは、きっと縛られてしまえば見ることが出来ない輝きだ。縛られることが嫌いな平古場だからよく分かる。良く分かるからこそ、絶対に束縛することなんて出来ないと思った。
そんな風に、多くのしがらみに囚われている二人だったけれど、今だけは別だった。二人だけの存在しか感じられない、二人だけの空間。
お互いが見詰め合うだけのこの空間は、二人を取り巻く何もかもを今だけは考えなくて良かった。
平古場は、ゆっくりと木手へと顔を近づけた。唇と唇が触れる寸前、何かを躊躇うように平古場の顔が止まったが、それも一瞬のことですぐに柔らかな唇が重なる。触れるだけで離れた唇の温かさを木手は名残惜しいと思った。
焦点が合わないほどの距離で一度見つめあい、平古場は木手の額、目尻、鼻先、顎と順に唇を落としていく。首に一つ、二つと口付けられた時、触れるだけだったそれまでの行為とは違い、小さなリップ音と濡れた感触を感じて、木手は肌を粟立たせた。その平古場から与えられた感触に思わず目を閉じて、薄く開いた唇から小さな吐息が零れ落ちる。
平古場はそんな木手の様子を見逃さず、半開きになった唇に己の唇を重ねて、上あごの浅い部分を舌で舐める。上唇、下唇と食むように吸われ、歯列の裏や舌先を時折戯れの様に舌で舐めとられる。決して深くならない口付けに、もどかしさを感じて思わず平古場の舌を追えば、望んだ以上の深さで絡めとられた。
舌を撫ぜ合い、粘液を交換するだけの行為に没頭する。ただひたすらに、お互いの存在を求めた。
しがらみも何も無い、たった二人だけの世界で。
お互いを抱きしめあう腕に感じるのは硬い筋肉や骨で、舌や顎の強さで求める相手が同姓であることを嫌でも意識するのに、口付けを交わすことを止めたいとも、嫌だとも思わなかった。唇を重ねた回数だけ、舌を絡ませあった時間の長さだけ、鳩尾の奥深くに溜まる熱が大きくなっていくのが分かる。
唇を離すのは名残惜しかったけれど、これ以上続けていれば本当に止まらなくなりそうで、平古場は木手の下唇に軽く噛み付いてから唇を解放した。
隙間なく体を密着させるように抱きしめあう。熱を共有しあう部分から、お互いが溶けて一つになればいいのにと、そんな馬鹿なことを平古場は考えていた。
耳元で平古場を呼ぶ声が聞こえて、返事の代わりに頬をすり寄せれば、平古場にだけ聞こえる小さな声が耳を撫でた。
聞こえた言葉の意味がすぐには理解出来なくて、頭の中で何度も反芻した。何度目かの反芻で、やっとその言葉の意味を理解して、嬉しさと愛しさで胸が満たされた。反射的に抱きしめる腕により力が篭り、苦しそうな声が木手から聞こえたが、離れろとは言われなかったのでそのまま抱きしめ続けた。
そして、平古場も木手の耳元で同じ言葉を囁いた。
わんを、選んでくれて、ありがとう。
作品名:この小さな世界で二人 作家名:s.h