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七十パーセントの悪意、あるいは

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1.

 水。どこにでもある水。
 水素と酸素で構成された、人間世界のほとんどを覆い隠す物質。
 世界の住人である人間の身体にもこの物質は含まれる。年齢や性別等でその量は変動するが、子どもの場合は体重の七十パーセントほどだ。
 ならば、バリアンは?
 人間の殻を被ったバリアンの身体には、一体何物が含まれているというのだろうか。

 アリトは相変わらずどこからともなく遊馬のクラスに現れては遊馬の背後からじゃれついている。そんな彼に、鉄男からこんな質問が投げかけられた。
「アリトは、海と山どっちが好きなんだ?」
「――あ?」
 返って来たのは普段よりも一段低い声音だった。
 アリトのいつもの快活さはたちまち鳴りを潜め、緑の双眸には剣呑な光が宿る。抱きついたまま止まった彼の両腕に締めつけられて、遊馬が、ぐえ、と潰れた声を出した。
「お前、今何つった?」
「いや、その」
「海がどうのこうのって……」
 ともすれば険悪な状態に陥りそうな二人に割って入ったのが真月だった。
「ですからあ、アリトくんは海と山ならどっち行きたいかって聞いてるんですよ」
 真月が空気を読めない風を装って質問の意図を教えてやる。等々力からの補足がそれに続いた。
「とどのつまり、修学旅行の行き先ですよ。ボクたちの時はどこになるのかなって。君最初からちゃんと聞いてました? その調子だと、聞いてなかったみたいですね」
「しゅうがくりょこう?」
「アリト、アリトぉ、苦しい……」
「お、遊馬、すまねえ」
 一言謝って、アリトは危うく遊馬を絞め殺すところだった腕を緩める。その双眸に宿っていた殺気は、綺麗さっぱり消え失せていた。アリトの腕から解放された遊馬が、ぜへー、と息をつく。
 真月は試しにアリトに尋ねてみた。
「アリトくんって、もしかして、海苦手だったりします?」
「え、そうなのか? アリト」
 真月と遊馬とその他二人の視線にさらされる格好になったアリトは、慌ててその場を取り繕おうとした。
「んなっ、んな訳ないじゃねえか。オレが海苦手だなんて」
「だったらいいじゃないですか、海。一緒に行きましょうよ。ねえ、遊馬くん」
「お、おう」
 真月がわざとそう言ってやると、遊馬は真月とアリトを交互に見やって戸惑い交じりに返事をする。一方で、アリトは思わず自らの頭に両手をやった。まるで与えられた危害から自らを庇おうとするかのように。本来の姿であれば赤サンゴのような突起のあるそこは、毛髪のふかふかとした感触を返すだけだ。
「……行くんなら、オレは山の方がいいぜ。思いっきり身体動かせるし。そうだ、遊馬。この辺でどっかいい山ねえか? ジョギングと筋トレの繰り返しにはいい加減飽き飽きだぜ」
「あ、それならいいとこ知ってるぜ」
「本当か!」
「ああ。こっからちょっと遠くにデュエル庵ってのがあるんだけど」
 遊馬が自分の席から赤いD-パッドをいそいそと持ち出してきた。二人は早速和気あいあいと情報交換を始める。今までの話題そっちのけで。

 バリアンに「海に行け」と言うのは、相手に喧嘩を売る行為に等しい。理由は二つある。
 まず一つ目。バリアン世界の海「悪意の海」は、バリアンの身体を溶かす性質を持っている。並みのバリアンなら短時間浸かっただけで跡形もなくなってしまうだろう。それは即ち死を意味する。そんな場所に好き好んで行くのは、余程の物好きかよからぬ企みを持つ者くらいだ。
 もう一つの理由。バリアン世界にはある伝説が存在するからだ。悪意の海にはバリアンの神が封印されているという、今となっては眉唾ものの伝説が。仮にも神が眠る神聖な場所に侵入するのは恐れ多い。わざわざ神の生贄になりに行くようなものなのだと。
 もちろん、人間世界の海は似て非なる物だと分かっている。しかし、海と聞くと真っ先に連想するのは、やはりバリアン世界の方だ。バリアンにとっての海は、自分たちに仇をなす悪意そのままの海である。例え何年異世界で過ごしたとしても、何度異世界の言葉を交わしたとしても、完全に変えられる常識ではない。人間世界に降りて間もないアリトであるならなおさらのことだ。
 ――そう、真月はとうにお見通しだった。アリトもまた、人間の殻を被ったバリアンであることを。
 バリアン世界が三人目の使者を派遣したことを真月が察知したのは、アリトがバカ正直に名乗ってくれたおかげだった。
 おかしいとは思っていたのだ。あの日に限って、バリアンの陰謀の気配は微塵も感じられなかったのだから。標的の幼なじみに横恋慕する男なんて、利用するには好都合なのにも関わらず。
 美味しいネタだと期待して、いざ蓋を開けてみれば不肖の同類でしたとさ。
 いや、ある意味作戦はうまく行っているのか、と真月は考え直した。真月たちの一団から少し離れた場所。そこの女子集団に加わっていた小鳥が、少々むっとした顔で遊馬とアリトを見ていたからだ。当然と言えば当然だろう。あの横恋慕騒動で、勝手に火の中水の中と盛り上がられた挙句勝手に梯子を外されてしまったのだから。
 演技抜きで標的といい関係になるアリトの才能は大したものである。真月としては、本心から相手を好きになるなんて反吐が出る話だ。
「逆によそからの修学旅行生を見かけることが多いですね、この街は。とどのつまり、ここにはハートランドがあるからでしょうか?」 
「ハートランド! それもいいかもしれませんね」
「真月。近場じゃ修学旅行の意味ねえだろう」
「えー、そうですかぁ?」
 視界の端では、遊馬とアリトが再びじゃれあい出していた。一般向けの微笑みをへらりと顔面に貼り付けつつ、真月は心の底で悪態をついた。
 ここがバリアン世界だったなら。二人まとめて海に突き落として後腐れもなく始末できるのに、と。