七十パーセントの悪意、あるいは
4.
アストラルは、実は相当性格が悪いのではなかろうか。
そんな考えが真月、いや、ベクターの脳裏をかすめた。
何せ彼は、バリアン世界の神ドン・サウザンドを海の底、しかもあろうことかバリアンの身体を溶かす悪意の海に封じてくれたのだ。当時のバリアンが封印解除に二の足を踏んでいるうちに、神の伝説は虚しく忘れられていったのだろう。それを思うと、この封印はよくできていた。
ベクターにしても半信半疑だった。大昔のおとぎ話程度の認識だった。万が一神の力が必要になった場合は、別のバリアンを焚きつけて行かせたに違いない。神に我が身を捧げるなんて真っ平ごめんだった。これまでのベクターなら。
作戦は一度はうまく行っていたのだ。どこぞの女が《献身的な愛》を遊馬に捧げたおかげで、遊馬とアストラルの絆に亀裂が生じ。「真月零」を人質に、仲間共々サルガッソにおびき寄せ。とどめに遊馬の隠し事をアストラルの目の前で暴き立て、アストラルの不信を煽ったまではよかった。
遊馬は、救いようもなく壊れた絆をあのデュエル中にほぼ修復してみせたのだ。結果があの新たなZEXALだ。ルールを超越した奇跡の力で、ベクターの身体は散々に焼き焦がされた。
今となっては、アリトの気持ちはよく分かる。意中の相手と戦いたいがために、自ら傷つくこと。ベクターの取った手段は、アリトとは方向性が真っ向から異なるが。
ベクターは、悪意の海の波打ち際にたたずんでいた。ざぶんと波が寄せる度に、緋色の海水に洗われたベクターの足首から白く煙が立ち上る。普通のバリアンなら五分と立っていられないはずだが、ベクターの心臓に宿るドン・サウザンドの力で溶ける端から復元されているのだ。
灰色の肌に付けられた焼け焦げも、半分に千切れた漆黒の片羽も、神の復活と共にすっかり元通りになっていた。
〈遊馬〉
名を呼んだ紫色の目が、うっとりと細められた。
〈オレと一緒に海に行こうぜ。なあ、遊馬……〉
――骨も残さず溶けてしまえ。
――神をも宿すこの身の内に。
一際大きな波がやって来て、ベクターのふくらはぎまで飛沫を飛ばした。じゅっ、と音がして、再び白い煙が上る。
しかしベクターは構うことなく、足元で波を遊ばせ続けていた。
(END)
2013/6/16
作品名:七十パーセントの悪意、あるいは 作家名:うるら