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La, La, La, rendezvous

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 近藤が妙にもう何度目かにはりたおされ、マリアナ海溝の奥深く落ち込んでいるのをなぐさめていた。
 土方十四郎の携帯が悲鳴をあげたのは、正にそんなときだった。
 近藤をなぐさめているのは自宅で、だから携帯のマナーモードをうっかり切っていたのが運のつきだ。けたたましくなる音楽。近藤はいかつい外見の割によく気のつく、優しい性分だ。だから、自分がヘコんでいる最中なのに土方の携帯について、気遣う素ぶりを見せた。
 仕方なしに着信をみれば、沖田からのメールだ。
『今、学校の屋上にいます』
 だからなんだ。
『来てくだせェ』
 バカ言ってんな、こっちは近藤さんをなぐさめている最中だ。ただ、屋上にいるというのが気になった。クーラーの効いた部屋の中にいても、窓の外の空気が蜃気楼(しんきろう)をおこしているのを見れば、炎天下なのは一目瞭然だ。しかも文末に
『死にそうです』
 ときた。
 メールを読む土方の前で、近藤は余計なことを考えているのかどんどん背負う空気が重くなっている。
「総悟が学校の屋上で死にかけてる」
 近藤は身内おもいだから、きっとこう聞けば気うつも吹き飛ぶにちがいない。思わず口走って、そろって快適な部屋を出たのは、決して沖田のためではないのだ。
 土方は学校へ行く途中に、自販機を目にとめて、そう言いきかせながら財布をとりだした。



 屋上への階段を駆けあがって扉を開いた土方の心臓は、少しだけ跳ねた。アスファルトの上に大の字に寝転がり、目を閉じている沖田が死んでいるように見えたからだ。
 実際には寝ていただけで、人の気配を敏感にさっした沖田は覚醒し、顔をこっちに傾け、色素のうすい瞳のピントをあわせた。
「総悟、大丈夫かぁ〜?」
「見てのとおりですぜ。ありがとうございやす近藤さん。――やい土方、おそすぎらァ。干上がったらどうするってんでィ」
「いっそ焼け死ねこの野郎」
 沖田の隣へ近藤と一緒にすわりながら、一発なぐっとく。アルミ缶のふちでなぐったから、けっこう痛いだろう。沖田が眉をひそめたのに満足して、土方は、なんでこんなバカみたいに暑い日に学校の、しかも屋上にまできたのか問いただした。
「そうだぞ総悟。すげェ汗じゃねぇか」
 体質的に汗をかきにくいはずなのに、近藤がつまんだ沖田の白いカッターシャツはぐっしょりと濡れていた。額にも汗がにじみ、茶色い髪の毛の間を玉となって縫いおちている。
「今日はイーイ天気じゃねェですか。それで、なんとなくです」
 言いながら、沖田は空にむかって指さした。
 土方は妙に悔しくなる。
 沖田が指差して、今日はじめて意識した空は、確かに青かったのだ。手をひたして、かきまわせそうなくらい深い色。東の方から流れてくる大きな入道雲は、真っ白い付箋(ふせん)のようだ。セミの鳴き声がどこからかして、隣接するプールからは水をかく音がする。それらすべてが一体になって、生あたたかいながらも風が吹きつける空間は、どことなく心地がよかった。
 沖田には、昔からそういうところがあった。猫のようにぶらりとどこかへ消えて、誰もいない、自分だけの空間を見出す。それはたとえば、本当に幼いとき作った木の上や廃屋なんかの秘密基地のようなものだ。
「だからって、脱水症状になりかけるまでこんなところに居座るなんて、やっぱりお前、バカだろう。……ほらよ」
 さっき沖田を殴った缶を手わたす。冷たく冷えたコーラの感触に、沖田はかすかに笑った。
「あー!」
 沖田が土方に、めずらしくも礼をいおうと口を開いたのも、ひっきりなしのセミの声もかき消したのは、近藤の野太い声だった。
「おっ妙さ〜ん!」
 さっきまで心配そうに沖田の様子を見ていたはずなのに、今はもう、フェンスにとりついて黄色い悲鳴をあげている。それは、いつもの好人物が一転して変態になりかわるほど惚れ抜いている相手が視界に入ったからというのが理由らしくて、沖田と土方が確認に近藤の方へむかうと、眼下に建つプールの中、近藤の想い人をみつける。
 近藤はプールの水が蒸発しそうなほど熱烈な視線で、妙をみつめていた。あ、鼻から液体がでている。あんな貧相な胸のどこに欲情するんだろう。や、俺も人のことはいえないけど――、沖田にちらりと目をやって、余計なことを考えそうになるのを打ち消し、味気ないスクール水着を着る妙をみた。
 避暑に友人と遊びにきたというところなのだろうか。
 高校生にもなって、友人と学校のプールというのもおかしな話だが、妙の家は両親ともども先立って、極貧生活を送っているらしいから、うなずける話だ。聞けば、姉弟手をとりあい、そろってバイトに明け暮れて生活をささえ、学力を保ってその奨学金で学費をおぎなっているというのだから、外側から見るだけではわからないほどの苦労をし、そんな妙だから、他者の痛みも理解できるはずなのだ。
 土方はそんな妙の人となりを好んでいて、近藤とは上手くいってほしかった。いってほしいのだが――、
「死ねェエぁアあア!」
 大きくふりかぶって、ピッチャー投げましたぁあっ。ナレーションが頭にひびく。ものすごい勢いで下方から水を切ってとび、フェンスに穴をあけ、近藤のあごにぶちあたるものがあった。
「がふっ」
 背後にひっくり返った近藤の横に落ちたのはゴーグルだった。速すぎてみえなかった。
「総悟」
「へい」
 土方は、ピクピクと白目をむいて痙攣する近藤を肩にかつぎ、沖田をふりかえった。
「逃げるぞ」
 沖田は土方になぜ、とも問わずにうなずいて、途端二人ははじかれたようにドアへと走って階段を駆け下りた。
 なんといっても、相手は妙だ。アレだけで事がすむはずもなく、ヤツ等(・・・)は落とし前をつけにやってくる。妙と一緒にプールにいた友人のひとりに、神楽もまじっていたのだ。学校一の怪力留学生が。
 きっと来る。必ずくる。ものすごいスピードと、般若の面をたずさえて。
「てめーぅらァ!」
「生きて返すかぁあああ!」
 思ったとおり。
 校舎をでたところで砂ぼこりとともに、鬼が二人やってくる。
 土方と沖田は暑さも忘れ、肝をひやしながら、全力疾走した。



 命からがら逃げ延びた二人は、銀魂川の河川敷にやってきていた。
 沖田が草原にすわったのを契機に、土方も腰をおろす。肩で大きく息をした。ついでに近藤も肩からおろす。
 近藤は、未だに気を失っていて、逃げている間中もそうだったように、でへへと笑っている。いい気なものだ。でも、それでよかった。
 妙の悪鬼と化した顔など、見たくもないだろう。
「そーご、生きてるか」
 横でうつろな顔をしている沖田の頭を小づく。「へい」と生返事をしたものの、声には覇気がなかった。屋上で脱水症状になりかけたうえに、あの逃亡劇なのだから、当たり前だ。むしろ、熱中症でたおれなくてよかった。
 土方は、沖田の手ににぎりしめられているアルミ缶をうばいとると、プルタブをおしあけて、沖田に再度手わたす。
 ぼんやりとした風情で土方からのろのろと缶を受け取った沖田は、コーラを嚥下しはじめた。
 ものすごい勢いで缶をあおる沖田の顔に、生気がもどってくる。と、沖田は飲むのをとめ、土方に焦点をあわせた。
「土方さんもどうぞ」
作品名:La, La, La, rendezvous 作家名:米丸太