La, La, La, rendezvous
土方はすすめられるままに、缶の中身を一口ふくんだ。甘いものは苦手だったが、夏日に死に物狂いで走った体には、それすらも美味い。
「サンキュ。残りはお前が飲めよ」
「へい」
沖田はあと少し残っているコーラを一息で飲み干すと、そのままゴロンと寝転んだ。沖田は色が白いから、青ざめているとき火照っているとき、すべてが顔にでてわかりやすい。目にみえて、音をたてるように素早く顔色が回復するのを横で感心しながらながめ、木のこずえや風の音に耳を傾けていると、自然と沈黙がよこたわった。
目の前では、水面が飽くことなく反射率をかえて、光を弾いている。
銀魂高校の近辺は、東京にしては適度に田舎で、銀魂川の付近は田舎の比重が大きい。土方たちのいるところにいたっては、土手が小道になっていたので、街の喧騒が全くといっていいほど聞こえなかった。
そういえば、真上を枝ぶりのいい木が覆っているのに、土方は、目を閉じる沖田を見た。
近藤を背負う土方の前を走って、ここまで誘導したのは沖田だった。つくづく、居心地のいい場所を見つけるのが上手いヤツ。
沖田の額は、もう汗がにじんでいない。その上で、やわからそうな猫毛が逆巻いていて、さそわれるように指をからめた。沖田の髪の感触は汗をふくんでしっとりとしている。汗の冷えた額の手触りは悪いものではなかった。
無心でからめ、かすめる手の動きに、沖田は前触れもなくスッと目を開いて土方を見あげる。
「なにやってんでィ」
「気にするなよ」
答えれば、呆れてものも言えないという風情で半眼になって、顔をふいと反らして、土方の手から逃げていってしまった。土方は、それを追ってまた手をのばす。沖田が逃げる。追う。逃げる。
沖田が、ごろごろと横転する様子が妙にツボにはまって、土方は喉で笑う。すると、視界がそっくり返った。
防戦一方だった沖田が反撃にでたのだ。右手をひねりあげられて、草原に押しつけられている。
草がほおをチクリと、沖田の視線が体中に、ささっていた。
「土方さん、アンタ……、誘ってんですかィ?」
「さぁな。どう思う?」
問うと無言になって、沖田は土方のほおにふれた。耳の横の髪を耳の裏まですいて、もう片方の手で、器用にカッターシャツのボタンをひとつ、ふたつと開けていく。
「汗のにおいがする」
沖田が鎖骨のくぼみに鼻をすりよせるのは、なんだかたまらなかった。思わず、上にまたがる体の背に手を回し、引き寄せてしまうほど。
視線が吐息のまざりあう場所でぶつかって、唇が近づいていく。
重なりかけるところまでいったのに、体を同時につきとばしたのは、横の草原で、もぞ、と動く気配がしたからだ。
「ふぁーあ、ン? ここ、どこだぁ? 総悟、トシィ。……アレ、どしたの?」
首をめぐらせた近藤が、呑気(のんき)にあくびをしながら沖田と土方を見て不思議そうにしたのは無理からぬ話だ。
平時、あまり顔色を変えない沖田も土方も、そろって耳まで真っ赤になっていたのだから。
「何でもねェ」
「何でもないッス」
「いや総悟にいたっちゃ口調までおかしいから。……てぇ、あぁ」
近藤は言葉をとめて、土方で視線をとめている。土方は着衣がさっきのまま乱れていたのにハッとした顔をして、余計に近藤の確信を深めた。
近藤は、沖田と土方がつきあっているのを知っている。どこまでいったかも。そんな彼にとって、現場情況はわかりやすすぎるほど、わかりやすいだろう。
「もしかして、俺ジャマか?」
近藤があんまり朴訥にたずねるものだから、二人そろって盛大に言葉をつまらせて、頭をかかえこんでしまう。
近藤はしみじみと、「青春だねェ」とのたまって、ますます所在無さを深める。
土方は沖田とチラリと目線をあわせ、ため息をついた。
これはアレだ……、断じて青春にふりまわされたせいでも、自分がおかしいせいでもない。
外で、しかも近藤の横だということも忘れて盛りかけたのは、暑さのせいだ。
こんなに顔が熱いのも、中途半端なまま終わったコトの続きがしたくてたまらないのも、全部、全部暑さのせい。
木の梢が川面に照り映えて、涼しい風がふきぬける下で、土方は、上がるばかりの体温を、おさえようと腐心した。
作品名:La, La, La, rendezvous 作家名:米丸太