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祭らない

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「馬鹿と煙は高い所が好きなんでさァ」
「じゃあお前もそーだろうが」
 見張り台の上で土方が紫煙をふきあげた直後、梯子の下からはっきり聞こえた声。次にひょっこりやぐらにあらわれた、独特のイントネーションがなくても、聞き間違えることができなくなった声の持ち主に、ややげんなりした。
「やー相変わらず不景気な面ですねィ」
 お前がいなきゃ景気いいわい! はき捨てようとした台詞を喉元でとめ、その、恐ろしく端正な顔をにらむ。なんといっても、この二十も越さない青年は、外見を裏切り、真選組最年少・最強の隊士であり、奇妙にねじけた性情をあわせもっているのだ。
「……持ち場は、どうした」
 くわえたタバコをやぐらの板におしつける。沖田は紫煙が消える先をみとどけつ、真横にねっころがって答えた。
「そんなん山崎に任せたにきまってらィ」
「いい度胸だ。切腹覚悟か、ぁあ?」
「いいじゃねエですか」
「なんで、お前はそんな適当なんだ」
「土方さんがガッチガチのチェリーちゃんみてーだから、俺がそのぶんやわらかいだけですよ。感謝しろイ」
「ざけんな!」
 座った体制のまま、月明かりに白刃をきらめかせたが、沖田は気のない返事ばかり。『鬼の副長』と裏でも表でもささやかれる土方が一喝しても、のれんに腕押し糠にくぎ。あるいはいつもの沖田なら、もう少しちがう反応を返したかもしれない。それは、土方もだ。
 土方は沖田の一言に、ためいきひとつで刀を納めた。それから、少し胸ポケットをさぐる。なにをしているのか、という沖田の視線を無視し、探し物がないと悟ると、首に巻いていたスカーフをはずした。
「お前、さ。もう少し身だしなみなんとかしろ。そんなんだから、俺たちゃいつまでたってもチンピラ警察二十四時なんだぜ?」
 ごし、ごし、とこするのは、沖田の頬。その真っ白な色に浮いた血だ。
 この一週間真選組は、幕吏暗殺計画があるとの情報をつかみ、その要人の屋敷近辺を張っていた。そして、今日、それは実行されかけ、結局は未然にふせがれたのだった。
 眼下では、幕臣と攘夷派の「志士」たちが一戦交えた後片付けがおこなわれている。
 戦の結果は真選組の圧勝で、拍子抜けするほどあっけなく終わった。主犯格のひとりが自供するところを聞くと、そこらのゴロツキが、金欲しさに立てた計画らしかった。攘夷と謡ったのは、単に大義名分がほしかったから。
 こんなものか、
 土方はごちた。時代はかくも変転する。しつづける。その速度は放物線を描いて、とてもではないけれど、人の目では追いきれない。禍沢諭吉のいうところの、なにを食ったかわからぬままに、次の食がやってくる――、というやつである。恐ろしい加速度への摩擦が消し、生み出したものは、足下にもある。隊士たちが運ぶ被疑者の遺体のうち、一体いくつを沖田がつくりあげたのやら。
 その、ずっと昔ちいさかった手で。あの手はいったいどこへいったのだろう。
 そして自分の手は、どうなっていたっけ。空虚の念をおぼえたのは、タバコを吸っていないせいにして、胸ポケットから一本をとりだし、口もとへ運ぶ。その手は鍛錬に鍛錬をつみかさねた結果、マメで歪《いびつ》になり、少しもきれいではなかった。昔とおなじだ。
「馬鹿と煙は」
 かち、と音がした。我にかえれば口元に熱。くわえたタバコに火をつけたのは、沖田だ。いつの間に体を起こしたのか、タバコをかすめた鼻先に、実年齢よりおさなく見える顔が、いっぱいにひろがっていた。童顔をいっそう稚《いとけな》くするおおきな瞳は、ほんの少し獣くさい。
「っ」
 亡と薄闇に炎がゆれる。沖田の次の行動をとめられなかったのは、その明かりに照らされた彼が陽炎だち、現実味がないせいだった。
 ライターが落ちた。
 認識する暇はなかった。右手がぬとのび、土方の首を絞める。
「そうっ!」
 息がくるしくなってやっと反応をかえしたが、遅かった。土方のほうが身丈は大きいはずなのに、動きは沖田の細い腕一本で封じられている。あげた声は爪がたった痛みにかき消された。
 容赦なく皮膚にくいこんで、血がわずかに流れる。やめろ、足掻きにのばされた手は、沖田の空いた手でふさがれた。
「やっぱりあんた、いっぺん死んだほうがいい」
 獣くさいなんてもんじゃない、本当に獣の匂いしかしない目が土方を貫き、びく、と体が強張った。ただ、その小さかった幻影の手が現実の、思いのほか大きく、土方ほどではないにしても、荒れている手に摩り替えられると、本気の殺意を感じているはずなのに、なぜだか体が弛緩する。それにあわせるよう、沖田の瞳孔が収縮した。体も開放される。
「はっ、かはっ、げほっ――てめ、っえ!」
 酸欠気味の肺に酸素が一気におくりこまれると、頭はめまぐるしく活動を再開した。涙のにじんだ眦をつりあげる。今度こそゆるさねえ! 意気込んだ間もなく、視界は反転して、空を仰ぐ羽目になった。乗り上げた沖田に、がっちりホールドされる。
「あんたは、どうしようもねィお人だ」
「なんなんだよ、お前は」
 みあげた沖田はもう獣ではない。うってかわって子供のように純真な目に、土方を溶かしていた。あまりの表情の急激な代わりように、躁鬱の気があるんじゃないかしらん。心配になったが、沖田をみているうち、ついさっきまで胸を占領していた寂寥感がまたたく間に収束していく。かわって背筋に這い上がってきたのは、たとえようもなくムズがゆい想いだ。こういうわけで、沖田が躁鬱なら土方も躁鬱である可能性は高い。だから、ちがうに決まっている。土方は自分のいいように結論づけ、とりもあえず近づいてきた沖田の顔を両手でおしかえした。
「なにしようとしてんだ」
「ちゅーでさ。んで、それから……」
「阿呆が」
 首はまだひりついている。さっきの今での沖田の言い分に、怒りが再燃した土方は、目の片端に、落としたタバコをとらえた。すばやく手にとり、沖田の手の甲に押し付ける。
「あちぃっ!」
 ほとんど火は消えていても、やはりダメージはある。沖田は飛び上がり、その隙をつき、器用にその下から這ってでた。
「こんなトコで盛んじゃねーよ」
 手を痛そうにさする相手に、ここに来て土方はやっと笑った。
「じゃあいつなら?」
「んー、屯所にもどって、事後処理すんだら」
「はぁ!?」
 沖田がブーイングするのもムリはない。事後処理といえば、事前準備にならんで土方が最も忙しくなる。今日中に終わるわけもない。
「俺の首しめた仕返しだよ」
「さっきの煙草でチャラでさあ!」
 沖田は再び獣の目になりかけた。それにぎょっとし、頭をかく。
「じゃあ」
 再び沖田による。
 その火傷した手をとり、
「これでいいか」
 ペロリと舐めた。
 沖田は目をまたたいた。
 瞳孔を収縮させたが、開いた。しまった、煽ったか。引きつる土方をよそに、沖田は口の端をつりあげ、襟首をひきよせてくる。
「おいっ」
「仕方ねーな。これで勘弁してやらい」
 そのまま、抑止も聞かずにさっきの首の患部に舌をはわせ、歯をたて、最後にくちびるに音をたてて吸い付いた。
「っう、そうっ……」
 口腔を思うままむさぼる口づけはとめられない。体から意思に反して力がぬけていく。
「総悟!」
作品名:祭らない 作家名:米丸太