【カイハク】NoA
「NoA」
限界まで積み荷を背負ったラクダは、最後に藁を一本乗せただけで、背骨が折れるという。
きっとあれが、最後の藁だったのだ。
居心地のいい職場、十分な給料、愉快な同僚達、輝かしい未来。それら全てを捨てて、逃げるように田舎へと移り住んだのは、あの日の、ほんの一言。
『タ ス ケ テ』
虚ろな目と、僅かに動いた唇と、声に出せない悲痛な訴えから、自分は目を逸らしてしまった。
「やあ、ラッド。楽しんでいるかい?」
クラインのぶ厚い手のひらに背中を叩かれ、ラッドは危うくカクテルをこぼしそうになる。
「やあ、クライン。招待状をありがとう。愉快なパーティーだね」
「はっはっは。そうかね? 正直、私は退屈だよ。女どものお喋りには、うんざりさせら」
「あなた」
大柄なクラインとは対照的な細身の女性が、するりと隣に立った。
「こちらに来て。レーゼル夫人が今度のバザーのことで、素晴らしい提案があるそうよ。ラッドさん、今日は来てくれてありがとう。貴方にも楽しんで頂けたらいいんですけど」
「いや、とんでもない。今夜はとても愉快な気分ですよ」
ラッドはカクテルグラスを持ち上げて、お愛想を言う。妻の頭上でクラインが舌を出しているのに気づき、うっかり吹き出しそうになった。
「んっ、ん。僕もハクも、とても楽しませて頂いてます」
「良かったわ。どうぞ楽しんでいらしてね。さあ、あなた」
「ああ、今行くよ」
クラインが振り向いて渋面を向けてきたので、ラッドは笑いをかみ殺しながら親指を立ててみせた。
限界まで積み荷を背負ったラクダは、最後に藁を一本乗せただけで、背骨が折れるという。
きっとあれが、最後の藁だったのだ。
居心地のいい職場、十分な給料、愉快な同僚達、輝かしい未来。それら全てを捨てて、逃げるように田舎へと移り住んだのは、あの日の、ほんの一言。
『タ ス ケ テ』
虚ろな目と、僅かに動いた唇と、声に出せない悲痛な訴えから、自分は目を逸らしてしまった。
「やあ、ラッド。楽しんでいるかい?」
クラインのぶ厚い手のひらに背中を叩かれ、ラッドは危うくカクテルをこぼしそうになる。
「やあ、クライン。招待状をありがとう。愉快なパーティーだね」
「はっはっは。そうかね? 正直、私は退屈だよ。女どものお喋りには、うんざりさせら」
「あなた」
大柄なクラインとは対照的な細身の女性が、するりと隣に立った。
「こちらに来て。レーゼル夫人が今度のバザーのことで、素晴らしい提案があるそうよ。ラッドさん、今日は来てくれてありがとう。貴方にも楽しんで頂けたらいいんですけど」
「いや、とんでもない。今夜はとても愉快な気分ですよ」
ラッドはカクテルグラスを持ち上げて、お愛想を言う。妻の頭上でクラインが舌を出しているのに気づき、うっかり吹き出しそうになった。
「んっ、ん。僕もハクも、とても楽しませて頂いてます」
「良かったわ。どうぞ楽しんでいらしてね。さあ、あなた」
「ああ、今行くよ」
クラインが振り向いて渋面を向けてきたので、ラッドは笑いをかみ殺しながら親指を立ててみせた。