【カイハク】NoA
朝の光が柔らかく降り注ぐ庭に、ハクは出てきた。
あの一夜のことも、ラッドのことも、カイトのことも、まるで遠い昔のような気がする。
クラインは思いやり深い態度で、辛抱強く話を聞いてくれたが、彼が三人は事故に遭ったのだと、研究所の事はハクの妄想だと考えており、検査しても記録は何も残っていないことを知り、ハクは納得させることを諦めた。
データ上は残っていないはずの記憶。けれど、ハクは確かに覚えている。化け物に追われた恐怖も、優しい赤い瞳も。
あの時は、全て忘れてしまいたいと、願ったはずなのに。
露に濡れた花壇で、食卓に飾る花を摘もうと、腰を屈める。そっと手を伸ばして、細い茎に指先が触れた時、
「こんな時間に散歩?」
背後からの声に、ハクは声を上げることも出来ずに振り返った。背の高い、褪せた青い髪の男性が、いつの間にか立っている。懐かしい赤い瞳が、穏やかに微笑んでいた。
「・・・・・・カイト!」
ハクはカイトにしがみつくと、その胸に顔をうずめる。いざとなると何も言えず、ハクはぽろぽろと涙を流しながら、体に回された腕の温もりを感じていた。
終わり