【カイハク】NoA
クラインはベッドの中で身じろぎすると、頭上の時計に手を伸ばす。起きるには早い時間なのを確認し、隣で寝ている妻を起こさないよう気をつけながら、再び温もりの中へ潜り込んだ。
階下では、ハクが朝食の支度をしているだろう。先日、譲渡の手続きを終えたアンドロイドと元の所有者である友人のことを考え、クラインは鬱々とした気分になった。
パーティーから三日後、ボロボロに汚れたハクが、道ばたに倒れているを発見される。所有者のラッドと彼の車に同乗していたはずのノアは姿を消し、数百メートル離れた崖下に大破した車が見つかった。少し離れた場所に、ラッドの財布や、ノアのものらしき時計などが散乱していた。
「ここらは、飢えた野犬がうろうろしてますからね」
捜索に狩り出された地元の人間が、不吉な言葉で、遺体は見つからないだろうことを示唆する。クラインも、二人を見つけることは絶望的だろうと、諦めた。
肝心のハクは、混乱して支離滅裂なことを言うだけ。彼女がこだわった『研究所』とやらを探してみたが、影も形も見あたらなかった。地元の人間も、噂すら聞いたことがないと口を揃える。
念の為だと言い含めて詳細に検査してもらった結果、記憶媒体が一部破損しており、パーティーの日を含めて前後三日分の記録が壊れているということだった。
「精密機械ですからね。あれだけの事故に遭って、この程度で済んだのが奇跡ですよ」
しばらくは錯乱状態に陥っていたハクも、徐々に落ち着きを取り戻し、ようやくラッドの死を受け入れたようだ。
ラッドとノア、二人とも身寄りらしい身寄りが見つからずに苦労したうえ、どうにか見つけたラッドの遠縁の親戚も、面倒ごとに関わるのを嫌がった為、義憤に駆られたクラインが代理として、遺体なしの葬儀を取り仕切った。
嵐のような日々を乗り越え、ようやく一区切りついた。クラインは、何言わず気の済むようにさせてくれた妻に感謝し、これからの日々が落ち着いたものであることを願いながら、まどろみの中へ沈んでいく。