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嵐の夜

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 ゴォウ……ゴオッ……
 風の強い日だ。
 建物に体当たりするような風のせいで、窓ガラスがビシビシと音を立てる。
 街の中を走り去るように通り過ぎる風の、ビュルルル……という音が、生き物のなき声のように聞こえる。
 悲しげなむせび泣き。
 ……嫌な夜だ。
 ウォルターはベッドから起き上がる。ついさっきようやく倒れこんだベッドから。
 ……眠れそうにない。
 無理をおして帰ってきた愛しの巣(我が家)だというのに。
 仕事を終えてから、急いで帰ってきたこと自体は正解だった。
 この分じゃ、風が雨雲を連れてきそうだ。明日は雨。
 昼間見た空は真っ黒だったし。
 しかし、そうして無事に……いろんな意味で無事に……帰って来られたにもかかわらず、こんな夜では。
 ……こんな夜には悪夢を見る。
 風の音が錯覚させる。思い出させる、過去を。よみがえらせる、記憶を。
 ……だから眠れない。
 疲労も睡眠の役には立たないようだ。体は疲れているが、脳のほうが……というより、心の問題か。
 ウォルターはベッドから勢いよくおりると、静かに部屋を出た。
 ……心がぐちゃぐちゃだ。
 もうとっくに心をむき出しで嵐の中に出ていたかのように、雨ざらしにしていたかのように、傷だらけで、しかもびしょ濡れだった。
 ……嫌な仕事だった。
 思い返してまた心の中でため息を吐く。
 そう、最低な仕事だったわりに、この心は、それさえも受け入れて、もはや憤る気もない。
 雨ざらしの心。放ったらかしの心。ずいぶん前から錆びついてしまっている、血で。
 血の雨で。
 ……決めたことだ。
 決まっていたことだ。やらなければ、また何かを失くす人たちがいる……何か、誰か、大事なものを。
 なんて、そんなんじゃない。そんなキレイな理由じゃない。自分はただ……。
 ガタンッという音に振り向く。向かいの部屋、四番目だ。
 迷わず扉に向かったのは、声をかけなくてはということと、声をかけてみたいという気持ちと、両方だった。


作品名:嵐の夜 作家名:野村弥広