嵐の夜
「アンディ、まだ起きてんのかー?」
ガチャッと扉が開く。そっと覗き込んで、我ながら間抜けとも思える声を闇に響かせる。
ぬっと暗闇から金髪の丸い頭がのぞく。心なしか、息が荒いように感じた。
「……ウォルター……」
廊下の明かりの下に出たアンディは、不機嫌そうな半眼で答えた。
「……こんなにうるさくちゃ寝れないよ」
ウォルターはフッと笑って、軽く返す。
「そうだな。同感。俺もだ」
それからアンディをじっと見つめる。
そして、真面目な顔をして、改めて同意した。
「……眠れねぇよな、こんなにうるさいと」
実際は、今まで眠っていたんだろうアンディの、切りそろえられた前髪の下の額……そこに浮き出た汗……を見て、悪夢を見て起きたのだろうことを察していたのだが。それをウォルターは表に出さなかった。
汗をぬぐってやろうとのばしかけた手も止める。
そんなことをすれば、気づいていると教えることにもなるし。
さりげなく目を逸らし、何かあるかのように遠くを見る。
「……ウォルター。仕事に出てたんじゃないの?」
眼帯をつけていたアンディが、それを終えて尋ねてきた。
ピクリ、とはずんだ体とはねた心臓をおさえ、ウォルターは口元に笑みを作った。
「ああ。ついさっき帰ってきたとこ」
「なら……」
休まないのか、と訊きたいのだろう。疲れているんじゃないのかとか。その通りだ。
ウォルターは上から下までアンディを見る。
これくらいの年齢だったか、……いや、もうちょい上か。そう思う。
標的のこども。
あのマフィアは頭をなくして潰れたけれども、あのこどもはどうするんだろう。
……なんて、自分の考えることじゃない。
『歩く処刑器具』は考えない。
……まあ、今まで自分に回されなかった類の仕事だというだけで、どれだけ考えられていたのかは知れるけれども。
自分の周りの人間に。
相手は判定書が出るにはじゅうぶんだった……それだけだ。
そこから先はない。それがすべてだ。
「アンディ」
何かを言いかけて迷っていた……あるいは言葉を探していたのか、やめたのか……アンディが、呼ばれて『ん』と顔を上げた。
ウォルターはわざとニヤッと大きな笑みを見せた。
「なぁ、ちょっとふたりでイチャイチャしようぜ」
「え……」
いたずらっぽい笑みを浮かべてひそっと耳打ちすれば、アンディが目を据わらせて距離を取る。
「イチャイチャって……」
「いいだろ? おまえも眠れないんだし、ヒマだろ?」
困惑顔のアンディの腕をつかむ。
アンディがぶんぶんと首を振る。
「いや、イチャイチャって……」
ウォルターは真面目な顔つきで返す。
「遊ぼうぜ。なんでもいいからさ。お子様はカード(トランプ)か?」
からかわれたことに気付いたアンディがムッとする。
ウォルターは笑って言った。
「なんならケンカだっていいし」
「そっちのほうは準備万端だよ」
限りなく低められた声がすぐさま返ってきて、ウォルターは『おや?』と目を見開く。
そして、すぐにその目を楽しそうに細める。
……まったく、負けず嫌いなんだから、アンディは。
声を上げて笑って、ウォルターはアンディの背中を押した。
「ここで騒ぐわけにいかねぇし、おまえの部屋でやろうぜ」
「え……結局何するの……?」
「い・い・か・ら!」
戸惑って自ら足を動かそうとしないアンディの肩に腕を回して、抱えるようにして無理やり部屋に入れる。そして自分も遠慮なく。
外はまだ風がうるさかった。
まあいい。負けないくらい騒ごう。
ウォルターはそう決めた。
(おしまい)