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シッポの行方

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 新聞記者の朝は早くない。
 なるべく惰眠をむさぼり、日が昇りきった頃にのそのそと起き上がり、そして二度寝する。それが伝統の幻想ブン屋だ。だって眠いだもん仕方ないでしょ。朝は寝床でぐーぐーぐー、それが正しい妖怪のあり方である。ってけーねが言ってた。
「文さん、もう朝ですよ。そろそろ起きてください」
 だから、誰かが私を呼ぶ声がするが、それはきっと気のせいに違いない。だって布団はこんなにも優しく私を包み込んでくれている。それを邪魔するやつなんているはずがない。いないって信じてる。
「早く起きないと朝ご飯冷めちゃいますよ」
 あ、申し遅れました。私の名前は射命丸文。どこにでもいるただの美少女天狗です。以後お見知りおきを。……え? 自分で美少女とか言うなって? いやはや、これは申し訳ない。つい真実を広めたくなってしまうのは職業病というやつですね、はっはっは。
「……とりゃー!」
 少女のかけ声、宙を舞う布団。
「ひあぁ!」
 嗚呼、我が愛しの布団よ、どこへ行ってしまうの! ひえぇ、寒い!
「これで目は覚めましたか?」
 目の前の少女が私に問う。太陽のようにまぶしい微笑みを浮かべながら。
 豪快に布団を引っぺがしておいて、この笑顔である。私の温もりを無情にも奪い去った暴挙に対し、なんら思うところがないらしい。なんて悪党だ。私の命運もここでゲームオーバーか。
「覚めてしまったよ、残念ながら」
 しょうがない、こうなってしまったら観念して起きよう。
 私は後ろ髪を引かれながらも布団から身を起こし、この惨事を引き起こした張本人をにらみつけて言い放つ。
「おはよう」
「はい、おはようございます」
 しかし、寝起きの三白眼もまったく効果がなかった。くそぅ、本当にいい笑顔しやがって。
 ああ、いちおうこいつの紹介もしておきますか。私と布団との逢瀬を邪魔した犯人の名は犬走椛。どこにでもいるただの白狼天狗です。別にこいつのことは覚えなくていいですよ。
「それじゃさっさと着替えて、居間に来てくださいね」
 椛はそう言い残して部屋を出て行った。
 ……さて、もう三時間くらい寝るか。
「二度寝しちゃダメですよ」
「へいへい……」
 出て行ったかと思いきや、この念の押しようである。覚りの妖怪か、お前は。
 釘を刺されてしまっては流石に二度寝をする気にもなれない。朝ご飯の用意が出来ているようなことも言っていたし、さっさと起きますか。
 まったく、椛も毎朝ご苦労なこった。
 そう、気づいたら毎朝こんなことになってる。
 妖怪の山では、美少女天狗であり鴉天狗でもある私が上司で、白狼天狗である椛は部下ということになっているが、別に権力を利用して毎朝世話をさせているわけではない。私からお願いした覚えもない。
 では何故こんなことになっているかというと――実は私にもよくわかっていない。
「なんでかなぁ……?」
 寝間着のまま布団の上であぐらをかいて天井を見上げる。
 うーん……強いて言えば、それが自然だから、だろうか。
 物心が付いたときにはすでに椛は口うるさかったし、あれこれと私の世話を焼くようになっていた。私も別にそれが嫌なわけじゃないから受け入れた。そのままで今に至っている。
 ただそれだけ、だと思う。
「あーやさーん、まだ着替え終わらないんですかー?」
 ……ここ最近、口うるささが増しているのには閉口するけど。
「はいはい、いま行くよー!」
 もたもたと着替えながら、寝ぼけた頭を無理やり働かせて他にも理由を探してみるが、やっぱりよくわからない。
 わかったのは、今日もYシャツにはノリが効いてるってことだけだった。
作品名:シッポの行方 作家名:ヘコヘコ