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シッポの行方

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 着替えを終えて自室から居間へ移動すると、すでに朝食の準備は万全だった。
 湯気が立ち上る白米にネギと豆腐の味噌汁。岩魚の塩焼きは焼きたてで、瑞々しい大根おろしが添えられている。そして小鉢にはほうれん草のおひたし。見事なまでに完璧な日本の朝食である。
 ただ、なんつーか、こう、完璧すぎるというか……。
「……ほうれん草」
 憎らしいまでに青々としたコンチクショウの名をつぶやく。この場において、こいつの存在が余計だ。
「好き嫌いはダメですよ」
「わかってるよ……」
 わかっちゃいるけど、どうしても嫌いな物は嫌いだ。
 くそっ、ほうれん草嫌いだって知ってるくせにいつも食卓に並べやがって。
 でも文句を言うと正座をさせられて、ほうれん草がいかに栄養があるか、好き嫌いをしてはお百姓さんに申し訳ない、普段の生活がどうのこうのなど、ほうれん草に関係のないことまで説教される。
 あのときはつらかったなぁ……あんなのもう二度と味わいたくない。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
 だから今の私に出来ることはおとなしくほうれん草を片付けることだけだ。
 私は早速ほうれん草に箸を伸ばし、つかんだ葉っぱを口元でにらんでから、思い切って口に放り込む。
「んぐっ」
 噛むたびに広がる青臭さ。このクセの強さは何回味わっても慣れない。
 だがここで立ち止まってはダメだ。まだほうれん草は戦力を残している。休むことなく攻勢をかけて攻め落としてやる!
 残りのほうれん草を一気に口の中へ。先ほどの数倍の苦みが襲いかかってくるが、我慢して噛む、噛み砕く、噛み殺す!
 ……ううっ、きつい。涙が出てきた。
 しかしなんとか少しずつ飲み込み、途中で心が折れそうになりながらも、すべて食べきることに成功した。今ここに大勢は決し、我が軍は勝利を得た! フハハハハ、ざまあみろ!
「うぅ……作ったかいがありました」
「あ?」
 椛がなんか言い出した。ハンカチで目尻を押さえちゃって、急にどうしたのこの子?
「文さんが涙を流すほどおいしいなんて……」
「どんだけ都合のいい解釈してんの!?」
「あまりのおいしさに箸が止まらないなんて……」
「とっとと片付けたかったんだよ!」
「作ったかいがありました!」
「もう作らんでええわい!」
 いい加減にしろ、とツッコミを入れてショートコント終了。
 つーか、どんだけ私にほうれん草を食べさせたいんだよ。今の流れで私がほうれん草大好きっ子だと思われたらさすがに引くわ。
「しかし、最近ほうれん草ばっかじゃない?」
 少なくともここ三日間ほどは毎朝ほうれん草が食卓に並んでいるはず。いくらほうれん草好きだって、こうも連続すれば飽きてくるはずだ。ほうれん草嫌いの私ならなおさら遠慮したい。
「人間の里の方々からよくいただくんですよ」
「人間? なんでまたそんなところから?」
 自慢じゃないが、つーか本当に自慢にならないが、妖怪の山は閉鎖的だ。住民全体が壮大なひきこもりをしていると言っていい。そんな山でわざわざ人間と交流しようだなんて物好きはせいぜい私くらいだ。
 私がもらうならともかく、なんで椛が?
「この前、人間の里に新しくお寺が出来たじゃないですか」
「ああ、命蓮寺」
「そうそう、それです。そのお寺、人間の里ではずいぶん慕われていて、人気があるらしいんですよ。定期的に縁日なんかも開かれてるみたいで」
「ふんふん」
 うなずきながら岩魚の身を箸でほぐす。うん、こっちはおいしそうだ。
「それを見て山の上の巫女が危機感を覚えたみたいで、信仰を取り戻すとか知名度アップとか常識に囚われないとか、なんだか色々と言いながら必死に人間の里で勧誘しているそうでして」
 ほぐした岩魚を口へ運ぶ。塩加減が絶妙だ。これはうまい。
「それで、その影響でちょくちょく人間が山に来るようになりまして、ここ最近はその対応に追われる毎日ですよ」
 はぁ、とため息を吐いて、椛は続ける。
「しかも山の上の巫女が大天狗様にまで手を回したらしくて、今じゃ私は立派な観光案内人になっちゃいましたよ……本当は人間が来たら追い払うのが仕事なのに!」
「お前も大変だねぇ」
 岩魚がご飯に合うなぁ。もぐもぐ。
「でも、それで人間から色々もらえるなら、それはそれでおいしいじゃない」
 私にとってはほうれん草を食わされて災難だが。
「そうでもないですよ。朝は早いし、昼は忙しいし、なかなか気が休まりません」
「ふーん」
 椛のことだから、きっと人間が山に来るたびにいちいち丁寧に対応しているのだろう。そんなの適当にあしらっておけばいいのに、それが出来ないのが椛の性格だ。難儀なやつだな。
「それじゃ、私はそろそろ行きますね」
 ごちそうさまでしたと一礼して、椛はさっさと自分の食器を片付け始めた。
「え、もう仕事に行くの?」
「言ったでしょう? それだけ忙しいんですよ」
 と苦笑いを浮かべる椛。
「食べ終わったら食器は水につけておいてください。あと、今日は夜も遅くなるかもしれませんから、夕飯は自力でなんとかしてください。それと、洗濯物はちゃんとカゴに入れておいてください。脱ぎっぱなしにしてほっとかないでくださいよ。えーと、あとは……」
「あーはいはい、わかった。わかったから」
 このままだと生活指導が始まりそうな気配がしたから会話を打ち切っておく。つーか忙しいならさっさと行けって。
「じゃあ、いってきます。あ、火の元には気をつけてください!」
「わかってるって。いってらっしゃい」
 本当に口うるさいやつだな。子供みたいな扱いすんなっつーの。
作品名:シッポの行方 作家名:ヘコヘコ