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ゲバルトプリキュア!

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『おはよう!朝だよ!さあ起きて起きて!!おはよう!朝だよ!さあ起きて起きて!!』

けたたましいアラームの音が、部屋に鳴り響く。

意識が目覚めた彼女は、跳ね起きた。
時計の針は8時20分を指し示している。



「っっっあああああぁぁぁ!!」


叫びながら制服に素早く着替え、階段を駆け下りる。
最後の約10段はジャンプで一気に跳び越えたが、そんなことをしてみたところでほんの数秒の時間の短縮、悪足掻きにしかならない。

「これは非常に…まずい状況という他ないよぉ!!」


閑散とした家の中に、再び少女の叫びが響く。
彼女の親は、今は家にいない。
だから、彼女によって『トーマス』という愛称を与えられた目覚まし時計以外、誰も彼女を起こしてくれなかったのだ。


緑のショートヘアは寝癖が酷いが、直している時間などない。
鞄をもちパンを咥えると、勢いよく家を飛び出した。


「遅刻確実だよおぉ!!」


狙っているのかという程ベタな展開である。


彼女の名は宮篠風蘭(みやしのふらん)。


新しく通うことになった中学校へと、全速力で向かっている。
今日は転校初日。
大事な日である。
しかし。


お約束のように遅刻してしまいそうだ。



彼女には、遅刻するつもりなんてさらさらなかった。


こうなってしまったのには理由がある。










精神を、集中させる必要があった。
徹夜で瞑想をし、精神を極限まで研ぎ澄まして今日という日に備えるつもりだった。
しかし、その途中で眠りに落ちてしまったのである。



完璧な人間など存在しない。
全能者のパラドックスというものがある。
内容はこうだ。
全能というものが存在するとして、その存在に『あなたが持ち上げられない程重たい石を作り出せますか』と尋ねる。
それが不可能ならば全能ではなく、可能であっても全能ではない。
故に全能者は存在し得ない、というものだ。


人は誰しも失敗する。
間違いを冒す。
仕方がない。


しかしこの失敗は、してはいけなかった。


「痛恨の極みという他ないよぉ!!」


だが、彼女は諦めない。
距離はそれ程遠くないので、間にあう可能性はある。
例え可能性がなかろうと、諦めるわけにはいかない。
学校まで一気に駆け抜けた。



ホームルーム開始のチャイムが鳴ったのは、彼女が学校を視認したときだった。


「ああぁ!!絶望の音が聞こえるよおおぉっっ!!!」


絶望。
初日から遅刻。
遅刻するかしないか。
それは風蘭にとって大問題だ。


「待っててねぇ…せりぬんてぃうすぅ…!!」

流石の彼女も少々息があがってきたが、メロス同様休むことは許されない。






2年A組の教室をこっそり覗く。
まだホームルームはやっている。
教師が、風蘭のために時間を稼いでくれていたのだ。


「今日は皆に良い知らせがあります。新しい仲間です。宮篠さん、入ってきてください」


風蘭の存在に気付いた教師が、
そう言って場を作った。




風蘭は息を整えると、教室へと踏み出した。











転校生が来ることは予め知っていたのだろう。
クラスメート達は初めて見る人間に興味津々で、驚いている様子はない。
じっくりと、新入りを吟味している。


「では宮篠さん。簡単に自己紹介を」


「…宮篠風蘭と、いいます。好きなことは、読書です。よろしくお願い、します ぅ」



教室は、時が止まったかのように静まりかえっている。









「よろしく!!」


誰かが唐突に、その静寂を破った。



それがきっかけとなり、皆が拍手で彼女を歓迎する。


しかし風蘭は、彼等の誰とも目を合わそうとはしなかった。




「ではあそこの席へ」

「はいぃ」

教室の一番後ろ、窓際の席。
いい場所だと、風蘭は思った。

心地良い風が入ってきて、気持ちを鎮めてくれるから。





「私は氷城澪(ひょうじょうみお)。よろしくね」


席に着いた彼女に、隣に座っていた女子が話しかけた。



氷城澪と名のった彼女は、青い髪を肩まで伸ばしていて、人形のように端正な顔立ちをしている。
姿や声には品があるが、気取ったような嫌味な雰囲気は微塵もなく、その笑顔は太陽のような温かさを風蘭に感じさせた。


「こちらこそ…よろしくお願い、しますぅ」

「友達に敬語なんていらないよ。でしょう?」

「友、だちぃ…?」


そんな言葉は聞いたことがないとでも言いたげに、風蘭は復唱した。


「私と友達になるの、嫌?」

「…ううん!凄く嬉しいよぉ!これからよろしくねぇ!」



一瞬の躊躇いを見せた彼女は、顔に笑顔を貼り付けた。



ホームルームが終わった。
人間、やはり新しいものには興味があるもので。


「ねえ風蘭ちゃん!」


クラスの女子たちは、風蘭の机を囲むように群がった。
そして、四方八方から話しかける。
彼女たちは風蘭と親しくなろうと必死なのだ。
積極的に、自己をアピールする。
それは一種の戦いと言っていい。



だがそんなことは、今の風蘭にはどうでもいいことで。
全く、耳に入っていなかった。


「…えっと、そのわたしは ぁ……ゴメンねぇ!また後でぇ!」

「え?何どうしたの?」


彼女は人を掻き分け包囲から抜けると、教室を飛び出した。















「なかなかの危機的状況だったよおぉぉ……」


あと少しでも逃げるのが遅かったら、どうなっていたか分からない。


大きく深呼吸をして、気持ちを無理矢理落ち着かせる。

「…大丈夫。大丈夫だよぉ」

きっと、大丈夫。

そう、自分に言い聞かせた。




風蘭は授業中、出来るだけ無意味な妄想をして過ごした。
クラスメートと教師の姿も、出来るだけ視界に入れないようにする。

そして休み時間になる度教室を出て、気持ちを静めた。












だが、その時は訪れてしまう。
昼休み。


「ねえ風蘭ちゃん。ご飯、私たちと食べましょう」


そう言って、風蘭を食事に誘ったのは澪だ。


他にも女子が二人居て、机をくっ付けている。


「う、うんありがとうぅ」


風蘭は、トイレで昼食を取る予定だったのだが。


「お礼なんていいよ。一緒に食べたほうが美味しいでしょ?」

「そう、だねぇ」

断れる雰囲気ではなかった。

「あぁぁっ…」

「…どうかした?」


食事中に突然妙な声を出した風蘭を、澪はいかぶしげに見る。






「…ゴメンねぇ!私ちょっと具合悪いから保健室行ってくるよぉ」

「それなら私も一緒に」

「大丈夫、一人で行けるから心配しないでぇ!」



風蘭に保健室に行く予定は、ない。
目的は他にある。




「あのうぅ」

廊下を歩いていた風蘭は、たまたま通りかかった女子に話しかけた。
そこは教室から離れているので、都合がいい。



「…何?」

「ごめんなさいぃ!!」
「え」



殴った。
正拳突きだ。
正しい拳の突きと書いて、正拳突き。

風蘭が繰り出したそれは、顔面に綺麗にヒットした。


「……な、何 を」
作品名:ゲバルトプリキュア! 作家名:NOEL