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月を測る

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睨むのではなく意志を込めて射抜くのでもなく、ただ見る。見下げる。
無関心の中に混ぜられた侮蔑を確かに伝えてくるその視線に出くわすのはドイツ
にとっても稀であった。恐怖より絶望を思わせる兄のその目は敵国の政治家であ
るとか自国の兵であるとか、そんな事とは無関係な基準で断罪され向けられてい
て、大抵の場合その後の末路の救い難さを暗示するものだった。
一度だけドイツは兄自らが引き出されたプロイセン兵をしばらく見下ろし、それ
からゆっくりと剣を抜き、まずは右手を肘から切り落としたのを目の前で見た。
のたうち回る兵の腕の切り口をぐしゃりと軍靴で踏みつけながら、兄は副官に姿
形だけは幼いドイツを連れて行くよう命じた。
だからその後の顛末は「軍規違反により、即決裁判で処刑」としか知らない。
しかし当然だが彼の最愛の帝国たるドイツは、常にその審判の対象外であった。
だからあの目を彼の侮蔑を恐いと思ったこともなかったのだ。
この、二度目の大戦までは。




一人の戦闘機総監が死んだ。エースパイロットでもあった彼の葬儀は国葬となり、
ドイツもプロイセンも参列を要請された。もっとも、大戦前から旧知であったプ
ロイセンは輸送機墜落の報を聞くと同時に愛機に飛び乗ってしまったらしいが。

久々に会ったプロイセンはいつもの豊かな感情表現の起伏をざっくり削ぎ落とし
たようだった。纏った将官用ロングコートにはベルトの端にも裾の裏地にも一筋
の乱れもなく、いつも煩わしがって着用しない勲章も略綬のリボンに至るまで飾
られていた。
「久しぶりだな兄さん、無事で何よりだ」
ドイツの親愛を交えた挨拶を、しかしプロイセンは見下げる様なあの視線を向け
ただけで、敬礼を返すことさえせずに弟の横を通り過ぎた。
著しい上下関係があるわけでもない相手にするには無礼過ぎる態度である。が、
訓練されたプロイセンの随行将校たちは一瞬の動揺も戸惑いも見せず、完璧な角
度で帽子に手をあてる敬礼をドイツにしながら、上官を追った。
本当は足音なんて簡単に殺せるくせに、こんな時には一際高く踵を鳴らすプロイ
センの靴音が遠ざかるのを聞きながら、ドイツはひそりと昏く笑った。

作品名:月を測る 作家名:_楠_@APH