月を測る
「それは……プロイセン自由州として?」
分かりやすく酷薄な言い方をドイツは選んでいた。
それによってプロイセンの赤紫の目に一層の侮蔑が宿ればいいと。
「言っただろう、"兄としてなら"だ」
「つまり?」
「帝国の一州として、あるいは空軍中佐としてなら……何もない」
そうしてプロイセンは目を伏せたから、存外に多い銀色の睫毛が影をつくった。
プロイセンでも帝国内でもそれがどんなに仕組まれたやり方であっても議決は合
法だった。その後はバターの様に形を変える法の下に、全ては行われている。ど
れほど彼の道徳に反することであっても法の名の下に。
国家の最大の道具たれ。それがプロイセンの根幹で国家とは結局法の集合体だ。
愚かな自己矛盾だと嘲いながらしかしドイツが愛して止まないのはまさにその高
潔な盲従から抜け出せず、蔑みながら膝を折る兄の姿なのだ。
「ならばプロイセン、両手を出してくれ」
薄ら笑いを浮かべたままドイツは命じた。
命じておきながら、プロイセンの動きを待たず両手を掬い上げ、続いて顔を上げ
てくれと懇願の響きを含ませた。素直に従ったプロイセンは予想通りの冷めた顔
と見下す視線をしていた。
ここ数年の"帝国"の在り方は相当にプロイセンの本能に障ることだったらしい。
成り立ちはナショナリズムから縁薄い兄の不機嫌の原因を察しながら、あえて口
には出さずにプロイセンの十字章の下で結ばれた黒いタイを解いた。
「兄さんは、」
「呼ぶな」
「……兄さんはどこまで付いてきてくれるだろうか」
するりと外したタイでくるくると差し出させた両手首を巻き上げていく。ぴくと
左目の縁が動いたが、他には微動だにしない姿にドイツの笑みは深くなった。
「なぁ兄さん、貴方が創ったこの不肖の弟に、どこまで付いてきてくれる?」
戒められた手をぎゅっと力の限り握り込む。
今度こそプロイセンははっきり眉をしかめて、やがて一度目を閉じた。薄い瞼が
瞳を隠し、ドイツはそれをメッサーで切り裂いてしまいたい欲求にかられた。
「……ルッツよ、我がライヒ」
呟いて再び現れた目にはもうどこにも侮蔑の影はなく、誇りと慈しみと哀れみと
何より愛しみが月蝕の様に余すところなく浸食していく。
もったいないと惜しんでも止める術はない。
「どこまででも、最後まで。……最後まで供にあるさ、俺の」
ルッツ、と囁く言葉ごと飲み込むように口付けた。
<月を測る>