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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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静かな筈の湖畔から

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静かな筈の湖畔から



本邸を出発したのは、まだ早い時間だった。
広大な領地の端に位置する美しい湖の側にある避暑の為の別邸に、
夕刻までに着いて、舌の肥えた主の為にディナーの支度をしなければならない。
それを逆算して時間を決めたのであった。
本邸には家令、シェフ、家女中、庭師の4人の雇人がいるが、
彼らに予定通りに行動させることが出来ると思ってはいけないのは常識だという事は、
ファントムハイヴ家の執事たるセバスチャン・ミカエリスは嫌になる程分かっている。
だからこそ、荷造りは全て怠りなく昨夜のうちに用意を済ませておき、
朝食を主に出して、昼に簡単に食べられるようなものを作ってバスケットに詰め、
後は馬車に荷物を積み込んだり括り付けたりと旅の支度を済ませ、
主を旅用の服に着かえさせれば、直ぐに出られるようにしておいたのだ。
4人の雇人達には、昨夜のうちに厳命を出してある。
「明日の朝は、自分の身支度の他には何もしないで下さい。
他には、決して、何も、絶対にしないで下さい。いいですね!」
黒い空気を背後に纏わせそう言えば、彼らは引きつった顔で承諾の意を表した。
お蔭で予定の時間に遅れる事無く本邸を出発したのだった。
ファントムハイヴ家当主は、領地を治める以外に玩具と製菓の会社を経営しており、
王室からは裏社会を牛耳る役目も任じられているので、非常に忙しい身である。
滅多な事では休みなど入れる暇の無いスケジュールを日々こなしているのだ。
しかし、裏社会の厄介な事件を一つ、かなりの労力を使って解決させ、
クリスマス商戦に向けた商品開発の企画が決まり、見本が上がるまで時間があったので、
疲労の色の濃い主の為に、執事が4泊5日の避暑休暇を取れるように計らったのだ。
主本人は面倒がったのだが、何とか説き伏せた。
本来は本邸の為の雇人を連れて行く必要などないのだが、
帰宅した時に屋敷がまともな有様で存在する確率を考えると、
同行させる方がはるかに安全度は高いのであり、執事はそちらを選んだのである。



別邸に到着し、主を部屋に落ち着かせると、旅装から夕刻の服に着かえさせ始めた。
「お疲れ様でございました、坊っちゃん。」
低い声で静かに耳元近くに言葉を掛け、
シャツのボタンを外し、肩からするりと脱がせていく。
ふわりと漂い出す主の香気は、咲き初めた薔薇の様に仄かに甘く、
手折られるのを待っているかと思わせる危うさで誘ってくる。
陶磁器の様に白く、きめ細かな滑らかな肌の首元に唇を寄せた瞬間、
階下から甲高い悲鳴と、それに続いて何か物が色々と割れる音が聞こえ、
「セバスチャンさーん!」
家女中が執事の名を大声で呼びながら階段をどたどたと上がって来た。
「持ってきた食器が全部割れてしまったですだよー!」
“割れてしまった”のではなく“割った”の間違いだと内心で訂正をするが、
この家女中相手にそんな事を言った所で意味が無い。
「分かりました。直ぐに行きますので、貴女は壊れた物だけを片づけておいて下さい。」
ドアの内からそう指示し、主を手早く着かえさせると急いで厨房へと向かう。
執事が部屋を出る時、主が小さく溜息を吐いたのが耳に届いた。
自分はもっと盛大に溜息を吐きたいと思った執事である。



翌朝は、普段より少し遅めに主を起こし、湖の近くまでの散策に誘った。
湖面を渡ってくる風は肌に心地よいくらいに冷えており、
細い散策道を歩く主の柔らかい髪を揺らす。
分刻みの予定が詰め込まれている日常から解放されて、
眉間に皺を寄せている事の多い主の表情も穏やかで、
特にこれといった話をするでもなくゆったりと歩くのも良いものだと思う。
一歩下がったところが執事の定位置なのだが、
何の前触れも無く訪れる者の多い本邸とは違う別邸での休養中なのだからと、
自分に言い訳をして主の真横に立ち、そっと彼の手を取り自分の手で包んでみた。
不意の事に驚いたらしく、ピクリと体を固くした主だったが、
やんわりとした力で執事の手を握り返してきた。
手袋越しにも、子供らしい高めの体温が伝わってくる。
見上げてくる長い睫に縁どられた、澄んだ碧い瞳を見詰め返し、
彼の身長に合わせて腰を屈め、薔薇色の唇の熱を感じるくらいの所まで顔を近づけた時、
歩いて来た道の奥から、水面に波紋が起きる程の爆音が聞こえてきたのだ。
そして土埃を舞いあがらせながら走って来る伝令。
「セバスチャンさーん!厨房が爆発しちゃいましたー!」
庭師の声に、やはりそうかと思う。
想定内といえば想定内なのであるが、何故、“今”なのか。
アフタヌーンティーの為の下ごしらえをシェフに任せた自分を執事は呪う。
「バルドは厨房に一体何を持ち込んだのです?
荷物があまりに大きいので気にはなっていたのですが、
やはり出掛ける前に持ち物検査をしておくべきでしたね。」
眉間に深く寄せた皺に指をやり、うんざりしているのを隠さない声で問えば、
庭師はニコニコと首を傾げて答える。
「よく分からないですけど、最新式の器具だって言ってましたよ。」
それは調理をする為の“器具”ではなく、“武器”で間違いない。
試したいのなら厨房ではなく、“鼠”相手に屋外で使ってもらいたいものだ。
「分かりました。直ぐに行きますから、あなたは瓦礫を片づけておいて下さい。」
そう言いつけると、庭師は何時ものように楽しげな顔で走り去って行った。
「アフタヌーンティーの時間が遅くなったら承知しないからな。」
冷たい声で言い放つ主の声を背に聞きながら、執事は直ぐに庭師の後を追ったのだった。



避暑休暇3日目、開け放った窓から涼しい風を受けながら、
主は真新しい本を手にリビングのソファーに座っていた。
一度ファントムハイヴ家の夜会に招いた事のあるその作家は、
始めは殆ど知る者が無かったが、探偵を主役にした小説で今や人気作家となっている。
探偵のモデルを察している主は、
一般の読者たちとはまた違った気分で新作を待っていたのだ。
軽いノックに答えると、執事がイレブンジズの紅茶を運んできた。
新鮮なベリーが種類も豊富に盛り付けられたトライフルを差し出す。
「坊っちゃん、今回の作品は如何ですか?」
執事は訳知り顔にニヤリと笑いながら手元の本を覗き込む。
「ふん。まあまあだな。」
その言葉に比して、目元の笑みの具合から見るに、
どうやらかなり気に入っているらしいと分かるのであった。
「それは宜しゅうございました。」
カップに紅茶を注いでテーブルに置く。
傍に控えたまま、主がスイーツを口に運ぶのをじっと眺めている。
真珠色の小粒の歯の奥で、舌がベリーの色に染まり赤味を増す。
唇にもほんのりと赤い色が移って、上気した時の様だ。
たっぷりと乗せたホイップクリームが僅かに口の端に付いた。
「お口の横にクリームが付いていますよ、坊っちゃん。」
主の顎に手を掛けて自分の方に上向かせ、ちろりと舌で舐めとる。
クリームの味もベリーの味も分からないが、
美味しそうに色付いた唇へと顔の角度を変えていった刹那、
メキッ!メリメリメリ・・・ドーン!
凄まじい音と振動に襲われた。
そしてお決まりの執事の名を呼ぶ声が後に続く。
「セバスチャンさーん!」