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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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静かな筈の湖畔から

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リビングのドアを開けると庭師が駆けてくるところだった。
「セバスチャンさん、ぼ、僕・・・うえぇーん!」
庭師は執事に抱きついて泣きじゃくる。
「泣いていては事情が分かりませんよ。きちんと説明して下さい。」
溜息と共に言い聞かせるが、嗚咽でまともに話が出来ない。
「僕、・・枝・・・切ろう・・・・・・折れ・・屋根・・・。」
さっぱり要領をなさない言葉の羅列は、もはや暗号だ。
そこへ、惨事の様子を見て来たらしいシェフがやって来て、
庭師の言わんとしていたらしい事が分かった。
「おう、一番屋敷寄りの木が一本、途中から折れて屋根が押し潰されてるぜ。」
執事は思い出した。
今朝、書斎前にある枝が伸びすぎて窓を覆って邪魔だから、
切っておくように言いつけたのだった。
枝を切るつもりで木に登ったが、異常に力の強い庭師は誤って木の幹を折ってしまい、
その結果、屋根が破壊されたのだろう。
「仕方がありませんね。折れてしまった木はいっそ抜いてしまって下さい。
後の事は私がやりますから。」
怒る気力もなく言えば、庭師は嬉しげに、
「はーい!分かりました、セバスチャンさん!」
と先程までの泣き顔が嘘のように、明るく返事をして外に飛び出して行った。
出来る事なら庭師の首をこそ折ってやりたいと思う執事であった。



翌日の昼下がり、木陰に置いたデッキチェアで寛ぐ主は、
庶民向けの雑誌に目を通していた。
新しい流行や情報に敏感である為には、上流階級向けの新聞や雑誌だけでは足りない。
庶民の動向にも通じていなければ新しい発想は生まれないという持論からだ。
よく冷えたレモネードに時折口を付けては、ページを繰っていく。
風に乗って、何の花かの香りが漂う。
木々がさわさわと葉擦れの音をさせる。
湖面はキラキラと眩く夏の日差しに輝く。
主が雑誌をテーブルに置き、おおきく伸びをした。
きつく目を閉じて濃い睫をふるふると揺らし、
背をしならせて、しなやかな腕を伸ばしている。
細い指が白っぽくなる程に力を入れて。
その後、すっと力を抜いて椅子の背にゆったりと凭れた。
まるで猫の様だと、執事は目を細めて見ていた。
ふと主の髪に何処かから飛んできた花弁を見つけ、
「坊っちゃん、御髪に花弁が。お取りします。」
そう告げて、さらさらとした髪から花弁を取り除き、
ついでに円かな頬に指を滑らせた。
主が心持ちその指に顔を寄せる。
クスリと笑った執事が何かを感じて目線を上げると、
まるで庭小人のようにちんまりと草の上に座る家令と目が合った。
家令は両手で日本茶用のカップを持ち、ほのぼのとした顔で茶を啜っていた。
「た、タナカさん、何時からそこにいらしたのですか?」
普段は冷静沈着な執事が流石に動揺する。
人の良さそうな表情を浮かべたまま、家令はひょいと立ち上がり、
「ほっほっほ。」
と何時もの声を立てて歩き去った。
人の気配に敏感な執事にも存在を感じさせなかった家令。
何を何処まで知って考えているのか全く掴めない。
ファントムハイヴ家の雇人の中で、本当に得体が知れないのは彼だと執事は思うのだった。



更にその翌日、静かな筈の湖畔をかなり賑やかにしたファントムハイヴ家一行は、
朝の早い時間に別宅を出発して本邸に帰って行った。
のんびりとした時間を堪能したらしい雇人の晴れやかな顔とは対照的に、
何故か執事の顔色は疲労を映していたようだという。



ナイトティーをサーブする執事に、主が悪戯気な笑みで声を掛けた。
「本邸の方が落ち着くと言っただろう。」
執事は肩を落として答えた。
「ある程度は想定していましたが、色々と想定外でした。」
くくっと喉の奥で笑った主が執事に手を差し出す。
「良く働いた犬にご褒美をやるのは主の義務だ。」
手に導かれるままに、執事は主に体を寄せて行ったのだった。



END