The Bird Is Mine(駒鳥 夜会編)
高らかに言えば、耳目は私に集中する。
「そこの貴方、ご協力願えますか?」
劉様にも仕事をして頂かなくてはならない。
「我(わたし)かい?いいとも。」
劉様がニコリと笑った。
案の定、エリザベス様の目は、もう釘付けだ。
「この何の変哲もないクローゼット、今から私がこれに入ります。」
子爵が不思議そうな顔をする。
「手品なんか頼んだ覚えはないんだが・・・?」
坊ちゃんまで気を取られ、呆然としている。
だが、すぐにはっとしたようだ。
今のうちにと気が付いて、さらに子爵を誘う。
「子爵、私、手品も見飽きてますの。
だから・・・ね?」
追いすがる子猫のような潤んだ目をして見上げている。
そんな表情も出来るとは知らなかった。
思っていたより、坊ちゃんには意外と引き出しが多いのかも知れない。
今度、私の為だけに、新しい表情をリクエストしてみようか。
「仕方のない子だ!わかったよ、私の駒鳥。」
貴方の駒鳥ではないのだけれどと内心思って見ていれば、
坊ちゃんは、自分のした事に寒気を催し、鳥肌を立てている。
面白過ぎて、噴出しそうになった。
子爵が、厚いカーテンの後ろに隠された扉を開け、坊ちゃんを誘う。
「奥へどうぞ。」
心を決めるように、ぎゅっと拳を握り、坊ちゃんは扉の向こうへ消えた。
こちらは、劉様と茶番を演じなければならない。
「貴方は私がクローゼットに入ったら、しっかりと鎖で封をして下さい。
そしてこの剣で、クローゼットを串刺しにして下さい。」
会場はざわめき、エリザベス様は手に汗を握って、事の行方を見守っている。
「私は串刺しになったクローゼットから、見事生還して見せましょう。
タネもしかけもございません。稀代の魔術をご覧あれ。」
劉様は、私が入ったクローゼットに鎖で封をすると、
いきなり脳天から一撃を加えて来た。
これは、さすがにちょっと痛かった。
後は、まさに遠慮会釈無く、針山に針を刺すごとくに剣を突き立てる。
その気合の入りようは、どうも、何か悪意というか、
日ごろの恨みとでもいうか、只ならぬものを感じさせた。
そういえば、この人も私のいない隙を狙って、
坊ちゃんに善からぬ企みを持っている気配があったと思い出す。
まったく、私でなければ死んでいた。
クローゼットの魔術(マジック)から見事に生還を果たし、
盛大な拍手を受けて引き上げた後で、劉様はいつもの得体の知れない笑顔で言った。
「ちょっと殺っちゃったかもって思ってた!」
いっそ死ねばよかったのにと言ったように聞こえたのは、空耳だったろうか。
まあ、この程度では傷も残らないのだが。
坊ちゃんの気配は、屋敷の奥まった所に行った。
そして、揺らいで、薄くなった。
この感じ、多分、薬か何かで気を失ったのだろう。
また、捕らわれたのだ。
まったく、世話の焼ける人。
さあ、早く目を覚まして、私の名前を呼んで。
私の坊ちゃん。
私は、いつでも迎えに行く用意が出来ているのだから。
暫く薄かった気配が、ふっと強くなる。
坊ちゃんが目を覚ましたのだ。
気持ちが逸る。あの声が、私の名前を呼ぶのが待ち遠しい。
坊ちゃん、呼んで。貴方が私に付けた名前を、早く。
「セバスチャン、僕はここだ。」
ああ、待ちかねたこの声。
一瞬の後には、坊ちゃんが捕らえられていた部屋で、
闇オークションの主催と顧客たちが皆、気を失って倒れていた。
「やれやれ、本当に捕まるしか能がありませんね、貴方は。」
呆れ気味にそう言いながら、ステージを見遣る。
私の美しい主人は、籠の鳥になっていた。
艶やかなミッドナイトブルーの髪をツインテールに結い、
モスリンをふんだんに使って、黒のリボンをあしらったピンクと白の繊細なドレスが、
美しい空を映した海と深き森のコントラストの瞳によく映える。
ロープで拘束されていても、不敵な眼差しが曇ることなど無い。
呼べば、よく躾けられた犬が迎えに来るのを疑わないから。
捕まるのが得意な主人を、
呼べば私が来ると思って不用心過ぎると嗜めれば、
主人は、フンと鼻を鳴らしそうな顔をして言った。
「僕が契約書を持つ限り、僕が喚ばずとも、
お前は、どこにでも追って来るだろう?」
透き通るオッドアイが、真っ直ぐに見上げてくる。
契約書を刻んだアメジスト色の右の瞳に、心が震える。
目に付く場所にあればある程、強い執行力を持ち、
そのかわり、絶対に悪魔から逃れられなくなる。
そして、悪魔も逃れられなくなった。
もちろん、何処へも逃がしはしない。
私だけの坊ちゃん。
鳥籠の鉄枠をぐにゃりと曲げて、私の愛しい小鳥を解放する。
「どこへでもお供します。最期まで。」
胸に手を当て、誓う。
「たとえこの身が滅びようとも、私は絶対に貴方のお傍を離れません。
地獄の果てまでお供しましょう。」
指を軽く一振りして、坊ちゃんのロープを断ち、自由にする。
「私は嘘は言いませんよ、人間の様にね。」
坊ちゃんは、するどい目をして私を見据えた。
「・・・それでいい。お前だけは、僕に嘘をつくな。
絶対に!」
それは、もはや執拗なまでに繰り返された命令。
私は、嘘は吐かないのだが・・。
「御意、ご主人様。」
ステージの上、私の足元で気を失っているのは、ドルイット子爵。
私のものを無闇に触った右手は、少々変わった角度に曲がっているけれど、
単純骨折程度の怪我なら、私の“おいた”が問題になる事もあるまい。
「さて、すでに警察(ヤード)には連絡しておきました。じき到着するでしょう。」
坊ちゃんは、ゲームをクリアし興味を手放した時の顔で、短く息を吐いた。
「なら長居は無用だな。
僕らが居ては、猟犬共(ヤードども)もいい顔をしないだろう。」
それは、“坊ちゃん”のいつもの台詞。
私は、失笑する。
「そのお姿ではなおさら・・・ですしね。“お嬢様”」
絶句する坊ちゃん。
咳払いをしてみても、染まった頬は隠せない。
「とにかく!切り裂きジャック事件はこれで解決だ!
随分とあっけなかったがな・・・。」
にっこりと私は微笑む。
嘘を吐いていないからといって、全てを報告しているとも限らない。
さて、このゲームに坊ちゃんはどのタイミングで気が付くだろう・・・。
愛しているからといって、何もかもを許容する事は出来ない。
ゲームに貪欲なのは、何も坊ちゃんに限ったことでは無いのだ。
貪欲にゲームを愉しむのは、悪魔も人後に落ちない。
扉の向こうから、大勢の人の気配と話し声がしてきた。
「どうやら警察(ヤード)が到着した様ですね。」
坊ちゃんは、逃げ道を塞がれたと慌てている。
私に取って、ドアを開けるばかりが逃れる方法では無いのに。
坊ちゃんを掬い上げ、その軽さを左腕一本で抱えると、
驚いた顔をした坊ちゃんが、私の肩に両手で摑まる。
「では参りましょう。」
私は、坊ちゃんをしっかりと抱えて、床を蹴った。
夜会が催されている広間を見下ろす屋根の上に着地する。
ドレスの裾と坊ちゃんのツインテールが、ふわりと闇に舞い上がり、
重力に従うのを見届けるよりも早く、次のジャンプをした。
私たちの姿を見たものは、誰もいまい。
end
作品名:The Bird Is Mine(駒鳥 夜会編) 作家名:たままはなま