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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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The Bird Is Mine(駒鳥 夜会編)

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高らかに言えば、耳目は私に集中する。
「そこの貴方、ご協力願えますか?」
劉様にも仕事をして頂かなくてはならない。
「我(わたし)かい?いいとも。」
劉様がニコリと笑った。
案の定、エリザベス様の目は、もう釘付けだ。
「この何の変哲もないクローゼット、今から私がこれに入ります。」
子爵が不思議そうな顔をする。
「手品なんか頼んだ覚えはないんだが・・・?」
坊ちゃんまで気を取られ、呆然としている。
だが、すぐにはっとしたようだ。
今のうちにと気が付いて、さらに子爵を誘う。
「子爵、私、手品も見飽きてますの。
だから・・・ね?」
追いすがる子猫のような潤んだ目をして見上げている。
そんな表情も出来るとは知らなかった。
思っていたより、坊ちゃんには意外と引き出しが多いのかも知れない。
今度、私の為だけに、新しい表情をリクエストしてみようか。
「仕方のない子だ!わかったよ、私の駒鳥。」
貴方の駒鳥ではないのだけれどと内心思って見ていれば、
坊ちゃんは、自分のした事に寒気を催し、鳥肌を立てている。
面白過ぎて、噴出しそうになった。
子爵が、厚いカーテンの後ろに隠された扉を開け、坊ちゃんを誘う。
「奥へどうぞ。」
心を決めるように、ぎゅっと拳を握り、坊ちゃんは扉の向こうへ消えた。

こちらは、劉様と茶番を演じなければならない。
「貴方は私がクローゼットに入ったら、しっかりと鎖で封をして下さい。
そしてこの剣で、クローゼットを串刺しにして下さい。」
会場はざわめき、エリザベス様は手に汗を握って、事の行方を見守っている。
「私は串刺しになったクローゼットから、見事生還して見せましょう。
タネもしかけもございません。稀代の魔術をご覧あれ。」
劉様は、私が入ったクローゼットに鎖で封をすると、
いきなり脳天から一撃を加えて来た。
これは、さすがにちょっと痛かった。
後は、まさに遠慮会釈無く、針山に針を刺すごとくに剣を突き立てる。
その気合の入りようは、どうも、何か悪意というか、
日ごろの恨みとでもいうか、只ならぬものを感じさせた。
そういえば、この人も私のいない隙を狙って、
坊ちゃんに善からぬ企みを持っている気配があったと思い出す。
まったく、私でなければ死んでいた。

クローゼットの魔術(マジック)から見事に生還を果たし、
盛大な拍手を受けて引き上げた後で、劉様はいつもの得体の知れない笑顔で言った。
「ちょっと殺っちゃったかもって思ってた!」
いっそ死ねばよかったのにと言ったように聞こえたのは、空耳だったろうか。
まあ、この程度では傷も残らないのだが。

坊ちゃんの気配は、屋敷の奥まった所に行った。
そして、揺らいで、薄くなった。
この感じ、多分、薬か何かで気を失ったのだろう。
また、捕らわれたのだ。
まったく、世話の焼ける人。
さあ、早く目を覚まして、私の名前を呼んで。
私の坊ちゃん。
私は、いつでも迎えに行く用意が出来ているのだから。



暫く薄かった気配が、ふっと強くなる。
坊ちゃんが目を覚ましたのだ。
気持ちが逸る。あの声が、私の名前を呼ぶのが待ち遠しい。
坊ちゃん、呼んで。貴方が私に付けた名前を、早く。

「セバスチャン、僕はここだ。」
ああ、待ちかねたこの声。
一瞬の後には、坊ちゃんが捕らえられていた部屋で、
闇オークションの主催と顧客たちが皆、気を失って倒れていた。
「やれやれ、本当に捕まるしか能がありませんね、貴方は。」
呆れ気味にそう言いながら、ステージを見遣る。
私の美しい主人は、籠の鳥になっていた。
艶やかなミッドナイトブルーの髪をツインテールに結い、
モスリンをふんだんに使って、黒のリボンをあしらったピンクと白の繊細なドレスが、
美しい空を映した海と深き森のコントラストの瞳によく映える。
ロープで拘束されていても、不敵な眼差しが曇ることなど無い。
呼べば、よく躾けられた犬が迎えに来るのを疑わないから。

捕まるのが得意な主人を、
呼べば私が来ると思って不用心過ぎると嗜めれば、
主人は、フンと鼻を鳴らしそうな顔をして言った。
「僕が契約書を持つ限り、僕が喚ばずとも、
お前は、どこにでも追って来るだろう?」
透き通るオッドアイが、真っ直ぐに見上げてくる。
契約書を刻んだアメジスト色の右の瞳に、心が震える。
目に付く場所にあればある程、強い執行力を持ち、
そのかわり、絶対に悪魔から逃れられなくなる。
そして、悪魔も逃れられなくなった。
もちろん、何処へも逃がしはしない。
私だけの坊ちゃん。

鳥籠の鉄枠をぐにゃりと曲げて、私の愛しい小鳥を解放する。
「どこへでもお供します。最期まで。」
胸に手を当て、誓う。
「たとえこの身が滅びようとも、私は絶対に貴方のお傍を離れません。
地獄の果てまでお供しましょう。」
指を軽く一振りして、坊ちゃんのロープを断ち、自由にする。
「私は嘘は言いませんよ、人間の様にね。」
坊ちゃんは、するどい目をして私を見据えた。
「・・・それでいい。お前だけは、僕に嘘をつくな。
絶対に!」
それは、もはや執拗なまでに繰り返された命令。
私は、嘘は吐かないのだが・・。
「御意、ご主人様。」

ステージの上、私の足元で気を失っているのは、ドルイット子爵。
私のものを無闇に触った右手は、少々変わった角度に曲がっているけれど、
単純骨折程度の怪我なら、私の“おいた”が問題になる事もあるまい。
「さて、すでに警察(ヤード)には連絡しておきました。じき到着するでしょう。」
坊ちゃんは、ゲームをクリアし興味を手放した時の顔で、短く息を吐いた。
「なら長居は無用だな。
僕らが居ては、猟犬共(ヤードども)もいい顔をしないだろう。」
それは、“坊ちゃん”のいつもの台詞。
私は、失笑する。
「そのお姿ではなおさら・・・ですしね。“お嬢様”」
絶句する坊ちゃん。
咳払いをしてみても、染まった頬は隠せない。
「とにかく!切り裂きジャック事件はこれで解決だ!
随分とあっけなかったがな・・・。」
にっこりと私は微笑む。
嘘を吐いていないからといって、全てを報告しているとも限らない。
さて、このゲームに坊ちゃんはどのタイミングで気が付くだろう・・・。

愛しているからといって、何もかもを許容する事は出来ない。
ゲームに貪欲なのは、何も坊ちゃんに限ったことでは無いのだ。
貪欲にゲームを愉しむのは、悪魔も人後に落ちない。

扉の向こうから、大勢の人の気配と話し声がしてきた。
「どうやら警察(ヤード)が到着した様ですね。」
坊ちゃんは、逃げ道を塞がれたと慌てている。
私に取って、ドアを開けるばかりが逃れる方法では無いのに。
坊ちゃんを掬い上げ、その軽さを左腕一本で抱えると、
驚いた顔をした坊ちゃんが、私の肩に両手で摑まる。
「では参りましょう。」
私は、坊ちゃんをしっかりと抱えて、床を蹴った。
夜会が催されている広間を見下ろす屋根の上に着地する。
ドレスの裾と坊ちゃんのツインテールが、ふわりと闇に舞い上がり、
重力に従うのを見届けるよりも早く、次のジャンプをした。
私たちの姿を見たものは、誰もいまい。



end