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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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Voice Without The Sound

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眉の間に、浅く皺が刻まれている。
僕は、どうしたのかと問うように首を傾げた。
ヤツは、フッと口元を弛めたけれど、何処か寂しげだ。
「いつも、可愛げのない言葉を繰り出すその口を閉じさせたいと思うのに、
私の名を呼ぶ貴方の声が聞こえない事が、こんなに物足りないとは思いませんでしたね。」
僕は絶句した。
といっても、今は端から声が出ない状態なのだけれど。
名前を呼ばれない事を惜しむ悪魔。
唇の形だけで、ヤツの名を呼んでみた。
ゆっくりと差し伸べられる両手が、僕の背中に回される。
ヤツは、より深く腰を屈めて、僕の肩に頭を乗せるようにしてきた。
「貴方の声が、貴方の付けた私の名を呼ぶのを当たり前だと思っていましたが・・・。」
囁く程の声音で、耳の傍に言葉を落とす卑怯なヤツ。
僕は声を失っていて、答えることが出来ないというのに。

ヤツが、腕の力を強くした。
「坊ちゃんの声が・・聞きたいですね。
私の名を呼ぶ坊ちゃんの声・・・。」
聞き取れるギリギリの微かな声で、そう呟く。
仮初めの名でも、今はヤツを他の何からも区別するヤツの為の名を、
僕の声で聞きたいと言う。
「・・・・・。」
口を動かしても、声は出ない。
「・・・・・。・・・・・!」
叫ぶように空気を吐き出しても、音にはならずに、ただ喉を通り過ぎるだけ。
悔しい、もどかしい、歯痒い。
苦しくて堪らず、ヤツの執事服を握りしめた。
僕の頬にピタリと合わされたヤツの頬に、僕の眼から溢れた水滴が伝っていくのが分かる。
出ない声で、僕は叫ぶ。
「・・・・・!・・・・・!・・・・・!」
ヤツは、僕を胸にきつく抱き締めた。
「音にならなくても、ファントムハイヴの執事たるもの、
坊ちゃんのお声を聞きとれずにどうします?」
僕の執事は、満足げな声でそう言い放つ。
聞こえない声を、ヤツは、どんな聴覚で拾っているのだろう。
僕の失くした声は、ヤツの何処に届いているのだろうか。
唇を、しっとりと潤った柔らかな質感に塞がれた。
重ねられ、食まれ、離れては繰り返されて、ねっとりした重みに撫でられた次の瞬間、
そのまま重みは口腔へと入り込み、僕の舌に絡みつく。
不意の事で抵抗する余地もなく、跳ね上がる心拍と頬の熱さに目が眩みそうだ。
力強い腕が僕を胸に密着させているから、身じろぎもままならず、
意識がふわふわして、何も考える事が出来なくなっていった。
ただ一方的に、貪られる事しかできない僕。
熱くて熱くて、どうしていいのか分からないほど熱くて、融ける。
膝がガクガクと震え、力が抜けそうだ。
気が付くと、ヤツの広い背中に腕を回してしがみ付いていた。
何も考えられず、感覚だけが冴える。
押し寄せる波は僕を翻弄し、より高みへと運ぶ。
もう感触すら定かにならなくなっていく。
そして、世界が白く滲んで消えていった・・・。



「坊ちゃん・・・。」
私の名を呼ぼうと、必死に空気を送り出してくれたことが、こんなにも胸に迫る。
空気の震えが音になっていなくても、私の耳には、貴方の声が聞こえた。
喉でなく、心で叫んでいる貴方の声が。
腕の中に閉じ込めて、呼吸を奪う様に唇を捉え、高鳴る心音を愉しんだ。
私の名を叫び続けるこの人の心の声が途切れる瞬間まで。
力が抜け、意識の飛んだ体をソファーに横たえ、額に軽くキスをする。
「坊ちゃん、少しの間、此方でお待ち下さいませ。」
耳の傍でそう告げ、ひざ掛けを坊ちゃんの胸まで引き上げてくるむ様にすると、
するりと立ち上がった私は後ろを振り返った。

「いつもながら、本当に不躾な方ですね。グレルさん。」
厚いカーテンの後ろから、するりと姿を現したのは、
事あるごとに私と坊ちゃんの周りをうろちょろとする目障りな赤い死神。
「ああーん、その凍りつきそうな視線が堪らないわ!」
くねくねと体を捩り、まったく気持ちが悪い事この上ない。
しかし、この異様な言動の男、気を許せない曲者なのだ。
「種明かしはして頂かなくて結構です。坊ちゃんの声を戻して頂きましょう。」
感情を揺らすことを期待している相手には、感情を向けないことが効果的だ。
私は定型の笑顔を作った。
ただ、坊っちゃんの声を戻す気はないとでも言おうものなら、
その舌を口の中に収めきる前に引き出して切り落としてしまう気でいる。
方法を聞きだす為には、殺しさえしなければいいのだ。
どうせ簡単には死なないわけだし、幾らか手荒にする程度なら問題ない。
「い、いやーね、セバスちゃんたら、ほんのちょっとしたお遊びじゃないの。
そんなに本気にならないでよぉ。」
手をひらひらと振りながら、見たくもない笑顔を見せる赤い眼鏡の死神。
「おや、どうして私が本気だと思うのです?」
一歩踏み出せば、死神は一歩引いていく。
「そんな怖い笑顔してたら本気だって分かるわよ!」
不可解な表現に首を傾げる。
死神は後ずさりながら続けて言った。
「そもそも悪魔ってるわよ!セバスちゃん!!」
彼は、私の背後を指さす。
私が本気の時には、背後に本性の何かが現れるらしい。
「それでは、坊っちゃんの声を戻して下さる気になられましたか?」
ニッコリと微笑んだ。
「か、顔はやめて…!!」



坊っちゃんの声は、翌朝には無事に戻り、
またあわただしい日々が始まったファントムハイヴ家なのだった。



END

作品名:Voice Without The Sound 作家名:たままはなま