指輪のせい
指輪のせい
その銀色の輝きが、僕をやんわりと拒絶している気がしていた。
自分では気がついていないのだろうけれど、
ふとした時に虎徹さんはその銀色に唇を寄せたり、指先で撫でている事がある。
翳りのある顔をしている日もあれば、温かな顔をしている日もある。
僕が知らない日々を過ごした左手薬指の光に、僕は触れられない。
それは彼だけの“特別”だから。
他人が触れるべからざるもの・・・。
出会った時には既に彼の一部としてそこにあり、僕にはどうする事も出来ない。
苦しくないと言えば嘘になってしまうけれど、
外してしまったら彼は彼を構成する何かを失ってしまう様で、
そんな事になるくらいなら、そのままでいて欲しいと思うのだ。
不精なくせに、そのおそらくはプラチナ製の指輪は、
何時でもこまめに手入れされているのを僕は知っている。
そういう彼に、いや、そういう彼だからこそ、多分僕は惹かれたのだ。
アニミズムが其処ここに残るオリエンタル出身だからなのだろうけれど、
もう会う事の叶わない人との約束の品に、変わらずに心を傾け続ける彼の横顔が綺麗で、
彼の傷だらけの身体の内にある魂の美しさに引きつけられていったのだと思う。
確かめた事はないが、ヒーローを辞めてご実家に帰っていた間も、
あのクリスマスのピンズもきっと大事にして、
時々は取り出して僕の事を思い出したりもしてくれていたのではないか、
そうだといいと思ってしまうのだ。
僕がそうであったように・・・。
彼岸の住人とでは勝負は出来ないと分かってはいる。
頭では理解していても、心がさざ波を立てるのを鎮めるのは容易ではない。
僕に何の知らせもなく一人で復帰していた虎徹さんは、
もう一度、僕の腕の中に降って来てくれた。
割れたガラスの破片が、僕の目には星の欠片の様に見えたのを一生忘れないだろう。
ハンドレッドパワーの持続時間が1分になってしまっても、
その力を誰かの未来を護る為に使うのだと背中に刻印し、
「一人くらいカッコ悪いヒーローがいてもいいだろう。」
そう言って笑ったが、決して諦めない生き方の何処が“カッコ悪い”ものか。
寧ろ、僕だけがバディとして彼の隣に立つ事が出来るのを誇りに思う位にカッコイイ。
あちこちを旅し、一回り大きくなって帰って来たつもりの僕だけれど、
虎徹さんは飄々として僕の更に先を歩いている。
正直、適わないと思う。
心がしなやかに強い人なのだ。
折れそうに撓んでも、きっと何度でも立ち上がってくる、そういう人だ。
僕が信頼するバディで、僕が誰よりも大切だと思う人は。
けれど、その折れそうになっている時の支えになりたいと思うのは、僕の傲慢だろうか。
今までの彼をそっと護り続けてきた薬指の約束。
その銀色があっても猶、辛いと思うような時、
僕は彼の大事な指輪と共に彼を支えたいと思うのだ。
珍しく定時で帰宅の途に付いた俺は、飲みに繰り出すにはまだ早いし、
食事をしたいほどには空腹でもないし、コーヒースタンドで買ったコーヒーを手に、
ブロンズの自宅近くにある公園のベンチに座っていた。
カップを脇に置いたまま、左手を少し上げて薬指にある銀色の指輪を見詰める。
「このままじゃ・・不味いよなぁ、友恵・・・。」
俺の隣にバニーが帰って来た。
嬉しい、心底それは嬉しい。
マーベリックの手の内に転がされる様に生きてきたバニーが、
自分の意思と信念でヒーローをすると決め、俺の隣を選んでくれたのだ。
けれど、能力が1分しか持たなくなった俺と、
1部で充分に活躍する事が出来る能力を持ったバニーが2部に居るのは、
実際、非常に勿体無いと思わずにいられない。
世界を旅して視野を広げ、一回りも二回りも大きくなって帰ってきたバニーなら、
俺など居なくても一人でもやっていける。
いや、俺が居ない方がもっと活躍できるのではないかと思う。
きっとKOHも取れるに違いないのだ。
バニーに対して、一度ならずそう進言たりもした。
しかし、必ずあいつはこう言うのだ。
「僕が帰って来たのは、貴方のバディとしてヒーローをする為です。
貴方が2部にいるのなら、僕だけが1部に復帰する事は有り得ません。」
真摯な目をして・・・。
迷いも無く真っ直ぐに見詰めてくる、深く澄んだ翡翠の瞳に、返す言葉が見つからない。
結局のところ、俺はバニーを引き留めてしまっているのではないのか。
沈黙する事によって、傍に居る事を肯定している。
本音を言ってしまうなら、俺も傍に居たいと思っているのだ。
アイコンタクト一つで次の行動が分かりあえる相棒とのコンビネーションの快感。
事件を無事に解決した後の、二人で分かち合う高揚感と充足感。
それを失うだけでも辛いのだが、俺の辛さは別の所にもあるのが問題だった。
田舎に帰っていた間、何度も飾り付けられた樅の木の意匠のピンバッジを手に取った。
じっと見ては、バニーの事を考え続けた。
朝が弱い奴だから、ちゃんと起きられているのだろうかとか、
何かに集中しているときちんとした食事もしなくなってしまうけれど、
せっかく世界を旅しているのなら、その土地の美味い物を喰っているといいなとか、
何処に行ってもモテまくっているのだろうなとか。
バニーからは訪れているらしい国から絵葉書が届いたが、
元気です程度の事しか書かれてはいなかった。
メールも電話も、お互いにした事は一度もない。
向こうから連絡が来ないのは旅を楽しんでいるからだろうと思う事にした。
こちらから連絡をしないのは・・怖かったから・・・。
あの寝坊助を毎朝決まった時間に起こしてくれる誰かが居るかもしれない。
地元の美味しい手料理を作ってくれる人がいるのかも知れない、
そう思うと、手元に引き寄せた携帯を操作する気になれないのだった。
もう、俺のする事は何もないのではないかという気がしてしまったから。
銀色の約束が、バニーの指に無いとはいえなくて・・・怖かった。
だから、楓が俺の背中を押す魔法の言葉を言った時、奴には何も言わずに復帰したのだ。
ヒーロー馬鹿の俺と違って、バニーなら何でも出来る。
新しい道を見つけて歩き出しているのならば、隣に俺は要らないだろうと。
なのに、あいつは帰って来た。
バディとしてとはいえ、俺の隣に居る為に帰って来たのだと言って。
これ以上を望んではバチが当たるというものだが、
以前の様に、時間が合えばランチ、夕食、時には飲みに繰り出して、
どちらかの家に泊まるのもしょっちゅうで、
相変わらず三流雑誌がバニーの熱愛報道を書きたてても、
根も葉もない事実無根の事だと笑えるくらい俺たちは一緒にいる時間が長い。
俺には幸せな生活だが、バニーに取って如何なのかと考えると、
このままでいい筈はなかった。
「バニーは、やっぱり1部に行くべきだよな。
そんで、綺麗な嫁さん貰って、可愛い子供を持ったりするべきなんだよ。
自分の家族を持つ幸せってやつを、バニーにも知って欲しいんだ。」
嘘ではない。
バニーには誰よりも幸せになってもらいたいと本気で思っている。
其処に俺が居ないのが少し寂しいだけだ。
ちょっとばかり、辛いだけ。
「友恵・・・。」
幾ら話しかけても、指輪は何も答えてはくれない。
その銀色の輝きが、僕をやんわりと拒絶している気がしていた。
自分では気がついていないのだろうけれど、
ふとした時に虎徹さんはその銀色に唇を寄せたり、指先で撫でている事がある。
翳りのある顔をしている日もあれば、温かな顔をしている日もある。
僕が知らない日々を過ごした左手薬指の光に、僕は触れられない。
それは彼だけの“特別”だから。
他人が触れるべからざるもの・・・。
出会った時には既に彼の一部としてそこにあり、僕にはどうする事も出来ない。
苦しくないと言えば嘘になってしまうけれど、
外してしまったら彼は彼を構成する何かを失ってしまう様で、
そんな事になるくらいなら、そのままでいて欲しいと思うのだ。
不精なくせに、そのおそらくはプラチナ製の指輪は、
何時でもこまめに手入れされているのを僕は知っている。
そういう彼に、いや、そういう彼だからこそ、多分僕は惹かれたのだ。
アニミズムが其処ここに残るオリエンタル出身だからなのだろうけれど、
もう会う事の叶わない人との約束の品に、変わらずに心を傾け続ける彼の横顔が綺麗で、
彼の傷だらけの身体の内にある魂の美しさに引きつけられていったのだと思う。
確かめた事はないが、ヒーローを辞めてご実家に帰っていた間も、
あのクリスマスのピンズもきっと大事にして、
時々は取り出して僕の事を思い出したりもしてくれていたのではないか、
そうだといいと思ってしまうのだ。
僕がそうであったように・・・。
彼岸の住人とでは勝負は出来ないと分かってはいる。
頭では理解していても、心がさざ波を立てるのを鎮めるのは容易ではない。
僕に何の知らせもなく一人で復帰していた虎徹さんは、
もう一度、僕の腕の中に降って来てくれた。
割れたガラスの破片が、僕の目には星の欠片の様に見えたのを一生忘れないだろう。
ハンドレッドパワーの持続時間が1分になってしまっても、
その力を誰かの未来を護る為に使うのだと背中に刻印し、
「一人くらいカッコ悪いヒーローがいてもいいだろう。」
そう言って笑ったが、決して諦めない生き方の何処が“カッコ悪い”ものか。
寧ろ、僕だけがバディとして彼の隣に立つ事が出来るのを誇りに思う位にカッコイイ。
あちこちを旅し、一回り大きくなって帰って来たつもりの僕だけれど、
虎徹さんは飄々として僕の更に先を歩いている。
正直、適わないと思う。
心がしなやかに強い人なのだ。
折れそうに撓んでも、きっと何度でも立ち上がってくる、そういう人だ。
僕が信頼するバディで、僕が誰よりも大切だと思う人は。
けれど、その折れそうになっている時の支えになりたいと思うのは、僕の傲慢だろうか。
今までの彼をそっと護り続けてきた薬指の約束。
その銀色があっても猶、辛いと思うような時、
僕は彼の大事な指輪と共に彼を支えたいと思うのだ。
珍しく定時で帰宅の途に付いた俺は、飲みに繰り出すにはまだ早いし、
食事をしたいほどには空腹でもないし、コーヒースタンドで買ったコーヒーを手に、
ブロンズの自宅近くにある公園のベンチに座っていた。
カップを脇に置いたまま、左手を少し上げて薬指にある銀色の指輪を見詰める。
「このままじゃ・・不味いよなぁ、友恵・・・。」
俺の隣にバニーが帰って来た。
嬉しい、心底それは嬉しい。
マーベリックの手の内に転がされる様に生きてきたバニーが、
自分の意思と信念でヒーローをすると決め、俺の隣を選んでくれたのだ。
けれど、能力が1分しか持たなくなった俺と、
1部で充分に活躍する事が出来る能力を持ったバニーが2部に居るのは、
実際、非常に勿体無いと思わずにいられない。
世界を旅して視野を広げ、一回りも二回りも大きくなって帰ってきたバニーなら、
俺など居なくても一人でもやっていける。
いや、俺が居ない方がもっと活躍できるのではないかと思う。
きっとKOHも取れるに違いないのだ。
バニーに対して、一度ならずそう進言たりもした。
しかし、必ずあいつはこう言うのだ。
「僕が帰って来たのは、貴方のバディとしてヒーローをする為です。
貴方が2部にいるのなら、僕だけが1部に復帰する事は有り得ません。」
真摯な目をして・・・。
迷いも無く真っ直ぐに見詰めてくる、深く澄んだ翡翠の瞳に、返す言葉が見つからない。
結局のところ、俺はバニーを引き留めてしまっているのではないのか。
沈黙する事によって、傍に居る事を肯定している。
本音を言ってしまうなら、俺も傍に居たいと思っているのだ。
アイコンタクト一つで次の行動が分かりあえる相棒とのコンビネーションの快感。
事件を無事に解決した後の、二人で分かち合う高揚感と充足感。
それを失うだけでも辛いのだが、俺の辛さは別の所にもあるのが問題だった。
田舎に帰っていた間、何度も飾り付けられた樅の木の意匠のピンバッジを手に取った。
じっと見ては、バニーの事を考え続けた。
朝が弱い奴だから、ちゃんと起きられているのだろうかとか、
何かに集中しているときちんとした食事もしなくなってしまうけれど、
せっかく世界を旅しているのなら、その土地の美味い物を喰っているといいなとか、
何処に行ってもモテまくっているのだろうなとか。
バニーからは訪れているらしい国から絵葉書が届いたが、
元気です程度の事しか書かれてはいなかった。
メールも電話も、お互いにした事は一度もない。
向こうから連絡が来ないのは旅を楽しんでいるからだろうと思う事にした。
こちらから連絡をしないのは・・怖かったから・・・。
あの寝坊助を毎朝決まった時間に起こしてくれる誰かが居るかもしれない。
地元の美味しい手料理を作ってくれる人がいるのかも知れない、
そう思うと、手元に引き寄せた携帯を操作する気になれないのだった。
もう、俺のする事は何もないのではないかという気がしてしまったから。
銀色の約束が、バニーの指に無いとはいえなくて・・・怖かった。
だから、楓が俺の背中を押す魔法の言葉を言った時、奴には何も言わずに復帰したのだ。
ヒーロー馬鹿の俺と違って、バニーなら何でも出来る。
新しい道を見つけて歩き出しているのならば、隣に俺は要らないだろうと。
なのに、あいつは帰って来た。
バディとしてとはいえ、俺の隣に居る為に帰って来たのだと言って。
これ以上を望んではバチが当たるというものだが、
以前の様に、時間が合えばランチ、夕食、時には飲みに繰り出して、
どちらかの家に泊まるのもしょっちゅうで、
相変わらず三流雑誌がバニーの熱愛報道を書きたてても、
根も葉もない事実無根の事だと笑えるくらい俺たちは一緒にいる時間が長い。
俺には幸せな生活だが、バニーに取って如何なのかと考えると、
このままでいい筈はなかった。
「バニーは、やっぱり1部に行くべきだよな。
そんで、綺麗な嫁さん貰って、可愛い子供を持ったりするべきなんだよ。
自分の家族を持つ幸せってやつを、バニーにも知って欲しいんだ。」
嘘ではない。
バニーには誰よりも幸せになってもらいたいと本気で思っている。
其処に俺が居ないのが少し寂しいだけだ。
ちょっとばかり、辛いだけ。
「友恵・・・。」
幾ら話しかけても、指輪は何も答えてはくれない。