指輪のせい
「あの時は、誠に申し訳ございませんでした。」
もう、土下座する以外にないです。
「まあ、過ぎた事はもういいわ。」
それなら、一体何をこんなに怖いくらいの勢いで怒っていらっしゃるので?
「虎徹君、私が言いたい事、本当は分かっているんでしょう?」
せっかく優しい声で言ってもらったのに、すみません、分かりません。
分からないでいたい・・・。
「“どんな時でもヒーローでいて”と言ったのを守っていてくれて嬉しいけど、
私は貴方に心から笑顔で頑張れるヒーローでいてほしいの。」
「大丈夫だって。俺はちゃんと笑顔で頑張れるヒーローだぜ!」
両手でサムズアップして、にかっと笑って見せる。
指輪は、何と溜息を吐いた。
「そうじゃなくて!心にわだかまりの無い笑顔でって意味で言ってるのよ!」
ますます分からないでいたいよ、友恵・・・。
俺じゃダメなんだよ、こんな“おじさん”じゃダメなんだ。
「一度きりの人生、本音で生きなさいよ!諦めるなんてワイルドじゃない事しないで!
貴方の事をちゃんと見ていてくれてる人だから、
この指輪ごと、丸ごとの貴方を受け止めてくれる気でいるって気が付いてるでしょ。
それなのに一体何を躊躇うの。
鏑木・T・虎徹!チャンスは今でしょ!今しかないのよ!
もしこのまま知らん顔して遣り過ごす気なら、私は指輪を壊すわ!
ヒーローの妻たる者、誰が足手まといになんかなるもんですか!
虎徹君を誰より幸せなヒーローにするのが私の夢なんだから!分かってる?!」
女って、本当に強い生き物なんだなと思う。
何時だって男は適わないんだ。
こんな風に、ずっとずっと俺を支え続けていてくれる友恵の夢を、
叶えないわけにはいかないよな。
「友恵、おまえ凄い夢持ってたんだな。俺、知らなかったわ。」
頬に熱い水滴が伝っていくのを止められなかった。
「ふふっ、ワイルドでしょ?」
悪戯っぽい笑いを含んだ声が頭の中に響く。
「ああ、俺よりお前の方がワイルドだよ。」
自分に掛けていた戒めが解けていく。
テーブルの上の指輪が、青い燐光を放ち始めていた。
「はあ、すっきりした!
私、貴方達が幸せになるのをずっと見守ってるからね。
絶対に誰よりもいい笑顔をした、かっこいいヒーローになるのよ!」
目の奥に、見えない筈の友恵のサムズアップした姿が見える。
「約束するよ、友恵。ありがとう。」
言い終わる前に光は消えてしまったが、俺の言葉は届いただろうか。
指輪を取り上げてキスを贈り、左手の指定席へと導いた。
仕事終わりにバニーを俺の家に呼んで、
適当にツマミを作ってビールを飲みながら他愛無い話をした後、
俺は何気ない風を装って切り出した。
「昨日さ、すっげえ気の強い指輪の精が表れてさ、俺に言ったんだよ。
俺を誰より幸せなヒーローにするのが夢なんだって。
誰よりもいい笑顔をした、かっこいいヒーローになってもらいたいんだって言ったんだ。」
バニーは怪訝そうな表情で俺の顔を覗き込むように見ている。
心臓はバクバクしていたが、今度こそタイミングを逃さないと誓って、
ありったけの勇気を振り絞っているのを隠して続けた。
「一度きりの人生、本音で生きろって、諦めるなんてワイルドじゃないって。
丸ごとの俺を受け止めてくれる奴だから、躊躇うなって言ったんだけど、
俺、本当に飛び込んじまってもいいのかな。」
翡翠の瞳を必死で見詰めた。
バニーは驚きで目を見開いて、それから、泣きだしそうな笑顔になった。
「飛び込んじまっていい?」
重ねて尋ねた俺の腕を引き、バニーは苦しいくらいに俺を抱きしめた。
「もちろん、いいに決まっています!飛び込んで来て下さい!」
啄むようなキスを繰り返し、お互い少し落ち着いて来た頃、バニーは言った。
「愛しています、虎徹さん。」
どうやら俺はまたタイミングを逃してしまったらしい。
「それ、俺が先に言う筈だったのに。」
ぷくっと頬を膨らませる。
「俺、また指輪の精に怒られちまうじゃねぇかよ。」
バニーがくすくすと笑う。
「ずいぶん男らしい指輪の精なんですね。」
ちょっと首を傾げて考え、俺は答えた。
「んー、いい女だけど・・ある意味、男前ではあるかな。
怒らせるとおっかないんだぜ。」
下から見上げるような体勢でバニーに言ったら、またキスをされた。
あさまだき、日の光もまだブラインドの向こうに見えない時間に目が覚めた。
腕の中に人の温もりがある幸せを僕は噛み締めている。
ブランケットの外に投げ出された彼の腕をそっと引き寄せた。
薬指にはピカピカに磨かれた指輪。
昨日までは僕を拒否していたように思われたそれは、
今は僕までを包み込んでくれている様に感じる。
あれから虎徹さんがしてくれた話によると、
指輪に宿った魂の様なものが、NEXTの力によって彼を後押ししてくれたらしい。
何時までもぐずぐずしているようなら、自らを壊すとまで言って。
ベッドヘッドに飾られたあの清楚な微笑みからは想像も出来ない事だが、
虎徹さんが言うように、芯の通った女性だったようだ。
男気のある人だったというか、流石はこの人を支えてきた人らしい。
これまで触れる事の出来なかった指輪に、そっと触れてみる。
冷たいかと思われたが、以外にもとても温かかった。
「これからは、一緒にこの人を護らせて下さいね。」
そう告げると、指輪はキラリと光って応えてくれたようだった。
僕達は、これから誰よりも幸せな、
笑顔で頑張れる、かっこいいヒーローになるのだ。
彼女の夢を、二人で叶えてゆく。
「見ていて下さい。必ず約束を守りますからね。」
指輪ごと虎徹さんの手を握って、僕は誓いを立てた。