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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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Crystal Palace

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Crystal Palace



瞼の内が真っ白になるほどの眩しさに目を覚ました。
薄く目を開けていく。
ここはどこだ?
辺り一面の光の乱反射によって、視界がぼんやりとしている。
幾らか慣れてきて見えたのは青い空だった。
積乱雲が幾つも浮いているのが見える。
つまりこれは、夏の空だ。
それなのに、何故こんなにも寒いのだろう。
よく見ると、空一面が細かく四角に区切られている。
見覚えのある区切られ方。
ここは・・・水晶宮?
僕は体を起こした。
どうやら、本邸の書斎にある筈のソファーに横になっていたようだ。
辺りを見回してみると、確かにここは水晶宮のようだった。
けれど、植物園も博物館、美術館もあるようには見えない。
何時も何かしらの催事で賑わっているのに、
誰一人として人の姿が見えない。
透明なガラスの向こう側に外の景色が見えるだけで何も無いのだった。
どういう事だろう?
しかも、構造も規模も、僕の知る水晶宮とは違う。
もっと小規模で、まるで聖堂のような構造だ。
背もたれに背中を預け、僕はぼんやりと考えていた。

コツコツと靴の音が聞こえてきた。
僕は、そのリズムだけで誰なのかが分かる。
振り返る必要などない、この足音はヤツのものだ。
僕の後ろまで来て止まった靴の音の主に聞く。
「ここは何処だ?」
ヤツが身を屈める気配。
「ここは、坊っちゃんがお造りになられた水晶宮ですよ。」
耳の傍で囁くように答えるヤツの声。
「僕が造った?そんな覚えはないぞ。」
水晶宮は、今は亡きアルバート公が、第一回万国博覧会の為に創建され、
博覧会後に一度解体されて、その後に規模を大きくして再建された複合施設だ。
僕が何故水晶宮など造るというのだ。
「いいえ。この水晶宮は、確かに坊っちゃんがお造りになられたものです。」
このガラスの聖堂のようなものを僕が造ったとヤツは言う。
「そんな覚えはない。」
クスクスとヤツが笑う。
「ここは、ハイドパークでもシドナムでもございませんよ。」
最初、ハイドパークに建てられた水晶宮は、シドナムに移設建造されたのだった。
外に見える庭園は、確かにそのどちらのものでもなかった
これは、この庭園は、僕の本邸のものだ。
「どういう事だ?」
何時の間に、本邸にこんなものが建てられたのか・・・。
「近づいて、よくガラスをご覧になってみて下さい。」
ヤツの声は笑いを含んでいる。
僕はヤツの言うままにソファーから立ち上がり、ガラスに近付いてみた。
遠くからは滑らかな普通のガラスに見えたそれは、
近付いてよく見ると無数のガラス玉から出来ている事が分かった。
なのに、しっかりと密集する事で一枚のガラス板を構成しているのだ。
指先で触れてみても、でこぼことした所は何処にもない。
ただ、とても冷たかった。
真夏の日差しに照らされているガラスが、まるで氷の様に冷え切っている。
「これは何なんだ?本当にガラスなのか?」
他の一枚一枚を見て行くが、どれも同じだった。
こんなものは、今まで見たことが無い。
「このガラス玉の一つ一つは、すべて坊っちゃんがお造りになられたものです。」
ヤツがそう言った意味が、僕にはまるで分からなかった。

「水晶宮のガラス板などより、このガラスは余程美しい…。」
絹の手袋を外した指でガラス玉の一粒ずつを撫でながら、
うっとりとしたようにヤツが言う。
「このガラス玉は何だ?僕が造ったとはどういう意味だ?」
ヤツはゆっくりと僕を振り返り、クスリと笑った。
「坊っちゃんは後ろを振り返る事の無い方ですから、
ご自分ではお気づきになられていらっしゃいませんでしたでしょう?」
さっきまでガラスを撫でていた指先を僕の顎に当てて上向かせる。
氷の冷たさのガラスに触れていたというのに、ヤツの指先は、
何故かほんのりと温かく感じられた。
「何を言っているんだ。分かるように話せ。」
まっすぐにヤツの目を見据えて僕は返した。

「このガラス玉の一粒ずつは、確かに坊っちゃんがお造りになられたものです。
あの契約の日以来、坊っちゃんは前だけを見詰めて歩いて来られた。
復讐を果たす為だけに、何があろうとも歩みを止める事無く。」
ヤツはまた、クスリと笑う。
「“封じられた一ヶ月”の間に負われた傷だけを傷とし、
あの時以降の痛みは痛みとして感じる事も封じて。
けれど、その激痛を完全にその身の内に閉じ込めていたのでは、
坊っちゃんはとうに壊れてしまっていらっしゃったでしょう。
ですから、それをどこかに捨て去る事が必要だったのですよ。」
ヤツは言って、ぐっと腰を屈めて僕の目を見詰めてくる。
「この瞳から零れてくる筈のモノも、坊っちゃんは封じてしまわれた。」
僕はヤツの目を強く見返す。
「泣くことなど、とうに忘れた。
泣いたからといって何も変えられなどしない。
僕には泣いている暇など無いし、泣く必要もない。」
ヤツはニヤリと笑って満足げに頷く。
「坊っちゃんは、“カタルシス”という言葉をご存知ですか?」
それは蔵書を読んだ時に見掛けた言葉だった。
アリストテレスについて書かれた本の中で読んだ。
「悲劇を観る事で、悲しみや苦しみに共感し、
感情が揺さぶられたり涙を流すことで、
自分のそれが解放され癒されるという意味の言葉だな。」
僕には全くもって関係も関心もない言葉だった。
作り物の他人の悲劇に共感して感情が揺さぶられる事などないし、
ましてや、涙を流す事などあり得ない。
「坊っちゃんは過去の苦しみと屈辱を頑なに手放さず、新たな痛みを無いものと見なす。
けれど、新たな苦しみや痛みは確実に坊っちゃんの中に生じ、蓄積していくのですよ。
無いものと見なす事は出来ても、無くす事は出来ません。
現実にそこにあるそれらを溜め込んでいくままでは、
人というものは生きていくことに支障をきたしてしまう生き物なのです。
それ故に、坊っちゃんの中から溢れ出たのが、このガラス玉なのです。」
ヤツはそう言って、ガラスを指さした。
僕が僕自身を生かしておく為に、生存本能として排出させたのだという事らしい。
しかし、僕には何の実感もなく、覚えもないものだ。
何時の間に、どこからこんなモノが溢れたのかも分からない。
「そんな事は、僕のあずかり知らない事だ。」
ふんと鼻先で笑って答えた。

ヤツは何時もの優美な足取りでガラスの傍まで行き、愛でる様な手つきで撫でる。
「坊っちゃんが新たな苦しみと痛みを封じる度に、
ひたすら前にと進む坊っちゃんの後ろには、このガラス玉が零れていくのですよ
あらゆる傷から、始めは滲み、そして溢れ出す。
本当に、それはもう大変に美しい光景です。」
悪魔の美観は人間である僕に分かるものではない。
「それで、お前はその零れ出たガラス玉をわざわざ拾い集めて、
こんなものを造り上げたのか?
悪魔のお前が、まるで聖堂のようなこんなものを?」
僕を振り返ったヤツは口角を上げてはいるけれど、笑ってはいなかった。
「最初に申し上げました通り、これは坊っちゃんがお造りになられたのですよ。
ガラス玉は零れる端から自ら塊となり、
次第に大きさを増しながら、これを造り上げていったのです。
私はただ見ていただけで、何もしてはおりません。」
作品名:Crystal Palace 作家名:たままはなま