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たままはなま
たままはなま
novelistID. 47362
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Crystal Palace

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ヤツは面白がっているらしい。
僕が零したというガラス玉が勝手にこんなものを造り上げた事を。
「はっ、下らない冗談だな。
神の門を潜ろうなどと微塵も思ってもいない僕が、
僕の自覚しない潜在意識でとはいえ、こんなものを造るとでも言うのか?」
ほっそりとした指でガラスをなぞりながら、ヤツは言った。
「このガラスは、シドナムにある水晶宮の脆く崩れ去るガラスなどとは違います。
透明度はより高く、強度ははるかに強い。
苦しみや痛みを幾層にも内包した上で、
坊っちゃんの気概も、諦めない強さも、高い矜持も、
全てがガラス玉の一粒ずつに反映され、輝きを持ってここにある。
他の誰にも見る事は叶わず、触れる事も出来ないのですよ。」
ヤツの言葉は、僕の問いへの答えにはなっていなかった。

強烈な夏の日差しの中を舞っていた色鮮やかな蝶が、真っ直ぐに此方に向かって来た。
ぶつかると思った蝶は、しかし、するりとガラスをすり抜け飛び去った。
僕は、わけが分からずガラスに手を当ててみる。
そこにはしっかりとした固い感触があり、確かに冷たさを感じるというのに、
「何故だ?どうしてあの蝶はすり抜けて行ったんだ?」
ヤツを見上げて問う。
口の端だけを上げて僕を見おろし、ヤツは答えた。
「坊っちゃんの深淵を知るものだけが、ここを見、触れる事が出来るのです。」

それはつまり、僕自身と、契約を交わした故に僕と共にあるヤツだけに、
この水晶宮を認知し知覚する事が出来るという事なのか。
しかし、何故、聖堂まがいの形なのだろう。
神に祈り続け、神に救いを求め続けた“あのひと月”、
僕達は神の慈悲も恩情も、一かけらさえ得られる事なく責め苛まれ続け、
そしてとうとう “あの日”を迎えて、神を完全に否定した僕だというのに。
だからこそ、僕はヤツを招喚するに至り、契約を交わし得たのだ。
「聖堂というのは “祈りの場”です。
悪魔を崇拝する為に造られる場合もあるのはご存知の通りかと。」
唐突にヤツは言った。
確かに、僕達が居たあの場所も、悪魔を崇拝し呼び出す為の祈りの場という意味では、
あいつらにとっては“聖堂”と云えたかもしれない。
しかし、僕は悪魔を崇拝などしない。
悪魔に祈りなどしない。
ヤツと契約を交わしたのは、僕の駒として利用する為だ。
では、僕が造ったというこの“聖堂”は何を祈る場だというのだろう。
復讐の成就でも祈るというのか?
そんなものは、この僕自身が果たすのだ。
祈る事など必要ない。
「これは私の個人的な見解ですが。」
そう前置きして、ヤツは言った。
「坊っちゃんは、“祈る事を否定する”という思いをお持ちです。
その思いもまた、ある意味、祈りといえるのかもしれません。
そして、その象徴として、この“聖堂”が型造られたのではないでしょうか。」
面白い事を言うものだ。
祈りを否定する祈りだなどと。
もういっそ「呪い」に近くなるのではないのか?
しかし、僕は「呪い」も否定する。
何故なら、「祈り」も「呪い」も霊的な何かに頼ろうとする思いだからだ。
僕は、僕自身のこの体と持てるすべてのあらゆる力、
そして、ヤツを駒として動かす事のみによって、
果たすと決めた復讐を成就するのだから、
あやふやな何ものにも頼る気などは毛頭ない。

ある種の仏教に言う「マントラ」というものは「意念の器」という意味だという。
そして、その“意念”とは“聖なる思念”を指すのだそうだ。
念じる聖なる思念がしっかりと想起されていないままでは、
いくら唱えても「マントラ」はただの言葉の羅列のようなものだと。
正しく「マントラ」を唱えれば、聖なる思念と祈念によって悪念を霧消させ、
善なる念の生産が始まり、やがて悪念が席を譲って清められるというのである。
だが、僕に“意念”が生じるとすれば“聖なる思念”とは対極に位置するものだ。
そもそも、清められたい等とは微塵も思っていないのだから。
こんな姿の水晶宮がこれ程に冷え切っているのは、
“救い”も“慈悲”も有りはしないのだと、我と我が身を持って知り、
復讐を果たす事だけを誓ったこの体から零れ出たガラス玉が、
ただ形ばかりを構成する“意味の無い聖堂”だからなのだろう。
ヤツが美しいと形容したのはそれ故かもしれない。

何も無いがらんどうの水晶宮にあるのは、
僕の書斎にあるものと同じ深い赤のベルベット張りのソファーが一つだけだ。
燦々と降り注ぐ夏の陽光は通しても、温度は届かない。
冬の外気と大差ない寒さに、暖を取るものの無い僕の体はカタカタと震えた。
「すっかり冷えてしまわれましたね。」
そう言ってヤツは上着を脱いで僕に掛けようとした。
僕はそれを制止する。
「そんな物はいらない、お前が僕を温めろ。」
冷たいガラスをなぞって猶、仄温かったヤツの指先を思い出したから。
ヤツは一瞬、目を見開いて僕を見た後、手にしていた上着をソファーの背に放り投げ、
僕との距離を詰めて、僕を横抱きに抱え上げた。
「それでは、僭越ながら私が坊っちゃんを温めさせて頂きましょう。」
にやりと笑う表情が、僕を温めるだけでは済ませない事くらい百も承知だ。
僕は、ソファーへと歩を進めるヤツの首に腕を回したのだった。

END
作品名:Crystal Palace 作家名:たままはなま