あくまでも・・・
背の高いヤツには、少し長めのものでないと釣り合わない。
何軒か回って、思う通りのものを探す気でいる。
気に入るものが見つかったら、
鎖の品質表示のSILVERの横に、“S”の刻印をさせる。
なるべく気付くのが遅れるように、同じ大きさ、同じ字体で、同じ間隔で、Sの隣に。
僕の執事は、ただ一人である証に。
気付かなければ、気付かないでも面白い。
僕だけが笑う事の出来る奴の失態など、滅多にないから大いに笑ってやるのだ。
心の中だけでだが。
あの一瞬、街灯が遠い薄闇の裏通りで、僕の眼前は、ヤツの燕尾服の背中で塞がれた。
なぜか、生地の織り目まで、くっきりと見えた。
まず、弾丸が銀鎖を破壊する金属音が聞こえ、
続いて、ヤツの体が着弾の衝撃ではじかれたように跳ねたのが見えたのだった。
ヤツの背中越しに、血飛沫。
瞬きの間よりも短いだろうに、そのすべてが、
時間軸に沿って確実に進んで行く様子が僕には分かった。
それは、まるで、文章を読むような速さに感じた。
死なないのは知っている。
その程度の傷が何ほどのものでないのも、充分すぎるくらいに知っている。
契約故に、ヤツは身を挺してでも僕を護る事も。
その為の存在であるのだから、当然なのだという事も。
多分、あの飛び散る血飛沫が、厭だったのだ。
だから・・。
思考は、ノックで遮られた。
「坊ちゃん、馬車が参りました。」
「分かった。」
執務椅子から立ち上がると、ヤツがコートを着せかけようとしてきた。
「いや、いらない。」
ヤツは、広げかけたコートを腕に掛けた。
「気温が下がるといけませんので、持って行く事に致しましょう。」
そう言ってニッコリと笑った。
僕は、戸口に向かって一歩踏み出したところで、立ち止まった。
少し多めに息を吸い込む。
「今日は、時計の鎖を新調しに行く。
一度壊れたような物を持たせるのは、家名に係わるからな。」
後ろで、ヤツが息を飲んだ。
こんな事を考えていようとは、思ってもみなかったに違いない。
コイツのこういう反応は、意外と僕の計算通りだったりするのだが、
悪魔が人間に読まれるようで、大丈夫なのだろうか?
可笑しなやつ。
「この間の事は、僕の不手際だった・・」
そこまで言っただけで、ヤツの手が、僕の口を塞いだ。
ヤツは、僕に言わせたくないのだ。
僕は、言ってはならない。
だから、僕は、このまま言わないでいる。
目を伏せて、唇を噛んだ。
本当は、僕の口を塞いでいるヤツの手に噛みついてやりたかったのだが。
僕は、ヤツの手を払い除ける。
「離せ。」
そして、歩きだす。
顎をしゃくって、ヤツに告げる。
「行くぞ。もたもたするな。」
戸口に向かいながら、ヤツがどんな顔をしているのかを背中で感じ取る。
きっと、眉尻を下げ、情けないような顔で苦笑しているのだ。
僕に言わせなかった言葉を、聞いてみたかったくせに。
つまらない美学など振りかざすからだ。
僕は、封じられた言葉は、二度と言ってなどやらないのだ。
ヤツが聞きたがらない限りは。
End