Muse
Muse
虎徹さんのパーティー嫌いは業界では有名な話である。
バディを結成してからも変わる事はなく、
ことある毎につまらない理由を付けては出席を断ってしまう。
以前はそれで何が変わるわけでもないので、ロイズさんもそれを割と許していた。
それが変わって来たのは最近の事だ。
2部に復帰し、そこから1部へと昇格した僕達には、
前とは違うタイプのスポンサーが付くようになったのである。
彼らは各種ファッションの有名メゾンのオーナーや、
誰でもその名を知っているような有名デザナー達だった。
そして、彼らがパーティーに僕達バディを招く時には、
異口同音に、ワイルドタイガーも必ず出席してくれという一文が添えられるのだ。
僕にその手の業種のスポンサーが付き、パーティーに呼ばれるのは多かったが、
虎徹さんを連れて来るようにとは言われた事が無かったのに、
一体どういう風の吹き回しでこんな事になったのか、全く分からなかった。
その理由を教えてくれたのは、流石情報通というか、
ヘリオスエナジーのオーナーにしてヒーローのミズ・シーモアだ。
曰く、ワイルドタイガーに会うとインスピレーションを刺激されずにいられず、
彼に似合うものをデザインすると売り上げが倍増するという、
まるで都市伝説のような話がまことしやかに流れているらしいのである。
どうも、その話の元になったのは、
僕が彼の為にタキシードの一揃いをオーダーしたメゾンらしかった。
僕達が1部に上がり、そのお披露目をする為のパーティーが開かれる事になった時、
殆ど全てのスポンサーを招いての正式なものになるというのに、
虎徹さんは前の会社から支給されたセミオーダーのタキシードしか持っていなかった。
10年以上もの間、サイズが1mmも変わっていないから、ずっと着続けているのだ。
それなりに似合わなくはなかったけれど、
既に恋人同士になっていた僕にしてみれば、
もっと彼にぴったりのものを着せたいと思ったのだ。
彼の魅力を最大限に引き出す、そんなデザインのものを。
僕がタキシードをオーダーしている、スポンサーでもあるメゾンに彼を連れて行った。
オーナー兼デザイナーの社長は、彼を見るなり、目を見開いた。
「バーナビー君、僕がワイルドタイガー君にデザインさせてもらえるなんて、
こんな光栄な事は無いよ!実に素晴らしい!
彼の良さを引きだす為の最高の一着を作らせてもらうよ!」
興奮気味にそう言うと、普段は助手に任せる採寸を自ら行ったのである。
その間も、ずっと称賛の言葉を呟き続けていたのを覚えている。
「身長と手足の長さのバランスが非常にいいね。
張った肩に、この細い腰!すらりとした脚!思っていた以上に小振りな顔!
オリエンタル系にしては彫が深いよね。琥珀の瞳も神秘的で実にいい。
どんなデザインにしようか、こんなにワクワクするのは久しぶりだ!」
何度か仮縫いをして漸く出来上がったそれは、本当に最高の一着だった。
仮縫いなど面倒臭いと渋る虎徹さんを引っ張って通った甲斐のある仕上がりである。
全体的にはクラシックな印象だが、まさに彼の為のタキシードだ。
生地は上質のカシミアウールである。
絹地を乗せたショールカラーのシングルのジャケットは、ボタンも同じ生地の包みボタン。
背中から腰に掛けてのラインが魅惑的な曲線を描くシルエットに仕立てられていた。
サイドに側章の入ったスラックスが少し細身なのは、虎徹さんの足の細さに合わせた為だ。
最近はカマーバンドが主流になっているが、
彼にはウエストコートが合わされている。
腰の括れがカマーバンドよりもずっと強調されるからだった。
シャツは、フロントに細かなプリーツが配されたもの。
ブラックタイはもちろん絹だ。
ポケットチーフは本来なら白だが、そこだけクラシックな雰囲気から離れ、
バディカラーの黄緑色を差し色にしてあった。
一緒にオーダーしたドレス・チェスターフィールドコートも良い出来だった。
カシミアの生地で、上衿はベルベット、ラペルは拝絹、ボタンが見えない比翼仕立てで、
美しいダーツのラインで虎徹さんの腰を魅せる。
同素材で作られたホンブルグ・ハットを被り、
エナメルのストレートチップの靴を履けば、彼は完璧に決まっていた。
全体的にかなりクラシックなスタイルなのだが、
虎徹さんにはそれが非常によく似合っているのであった。
寧ろ、クラシックでシンプルであるが故に、彼の魅力が光る、
そんなデザインだと思った。
「なぁ、バニー、こんな見るからに高級そうな服、俺が着ても大丈夫なの?
ていうか、お前、本当にこれ全部俺にくれる気なの?いったい幾らすんだよ・・・。」
虎徹さんは、何だか居た堪れないという顔をして言う。
だが、この服のデザイナーは、先程から絶句したまま虎徹さんに見惚れている。
それが何よりもの賛美であった。
「とてもよく似合っていますよ、虎徹さん。
それに、男が愛しい人に服を贈る理由なんて一つしかありません。」
後のセリフは耳打ちで伝えた。
途端に音がしそうな勢いで顔を真っ赤にした虎徹さんが大きな声を出した。
「ば、バカ!こんなところで何言ってんだ!これだからハンサムって生き物は・・・。」
一人で恥ずかしがる虎徹さんの腰に腕を回し、僕は社長に礼の言葉を述べた。
「非の打ちどころの無い、非常に良い仕上がりです。
貴方が力を入れてデザインして下さった事が良く分かります。ありがとうございました。」
社長は、僕の言葉に詰めていた息をふうと吐き出した。
「いや、此方の方こそお礼を言わせて下さい。
ワイルドタイガーのような逸材に会わせて下さった事を感謝します!
こんなにデザインし甲斐のある方は珍しいですよ。
バーナビーさんにデザインするのと同じくらいに楽しみました。
また何かおありでしたら、是非うちにいらして下さい。」
満面の笑みで握手を求められ、虎徹さんを褒められた僕もとても嬉しかったのだった。
ミズ・シーモアによると、その後、その社長はワイルドタイガーが出席したパーティーで、
あの衣装のデザインを任されたのは自分であると胸を張り、
その場で話を聞いていた紳士達から次々にオーダーを持ち掛けられていたという。
今も、ショーの為のフォーマルウェアのデザインの構想は、
ワイルドタイガーになら、どんなデザインが似合うかなのだと公言しているというのだ。
そんなわけで、今や空前のワイルドタイガー旋風がファッション界で巻き起こっていた。
パーティーに出席を求められる度に、虎徹さんのワードローブが増えていく。
暫くすると、ワイルドタイガーに身に付けてもらいたいと、
カード付きで会社に荷物が届くからだった。
アクセサリー、靴、休日のプライベートな外出の時の変装用にと伊達眼鏡まで。
それらは、ワイルドタイガーに会って創作意欲を掻きたてられたからと、
感謝の印として贈られるのだ。
何時ものシャツと同じ型でありながら、高級な白い綿生地で作られたものに、
これも何時ものベストとスラックスと同型である、
チャコールグレーの艶のあるウール生地で仕立てられたセット。
ネクタイも一見同じようだが、パールが使われていた。
虎徹さんのパーティー嫌いは業界では有名な話である。
バディを結成してからも変わる事はなく、
ことある毎につまらない理由を付けては出席を断ってしまう。
以前はそれで何が変わるわけでもないので、ロイズさんもそれを割と許していた。
それが変わって来たのは最近の事だ。
2部に復帰し、そこから1部へと昇格した僕達には、
前とは違うタイプのスポンサーが付くようになったのである。
彼らは各種ファッションの有名メゾンのオーナーや、
誰でもその名を知っているような有名デザナー達だった。
そして、彼らがパーティーに僕達バディを招く時には、
異口同音に、ワイルドタイガーも必ず出席してくれという一文が添えられるのだ。
僕にその手の業種のスポンサーが付き、パーティーに呼ばれるのは多かったが、
虎徹さんを連れて来るようにとは言われた事が無かったのに、
一体どういう風の吹き回しでこんな事になったのか、全く分からなかった。
その理由を教えてくれたのは、流石情報通というか、
ヘリオスエナジーのオーナーにしてヒーローのミズ・シーモアだ。
曰く、ワイルドタイガーに会うとインスピレーションを刺激されずにいられず、
彼に似合うものをデザインすると売り上げが倍増するという、
まるで都市伝説のような話がまことしやかに流れているらしいのである。
どうも、その話の元になったのは、
僕が彼の為にタキシードの一揃いをオーダーしたメゾンらしかった。
僕達が1部に上がり、そのお披露目をする為のパーティーが開かれる事になった時、
殆ど全てのスポンサーを招いての正式なものになるというのに、
虎徹さんは前の会社から支給されたセミオーダーのタキシードしか持っていなかった。
10年以上もの間、サイズが1mmも変わっていないから、ずっと着続けているのだ。
それなりに似合わなくはなかったけれど、
既に恋人同士になっていた僕にしてみれば、
もっと彼にぴったりのものを着せたいと思ったのだ。
彼の魅力を最大限に引き出す、そんなデザインのものを。
僕がタキシードをオーダーしている、スポンサーでもあるメゾンに彼を連れて行った。
オーナー兼デザイナーの社長は、彼を見るなり、目を見開いた。
「バーナビー君、僕がワイルドタイガー君にデザインさせてもらえるなんて、
こんな光栄な事は無いよ!実に素晴らしい!
彼の良さを引きだす為の最高の一着を作らせてもらうよ!」
興奮気味にそう言うと、普段は助手に任せる採寸を自ら行ったのである。
その間も、ずっと称賛の言葉を呟き続けていたのを覚えている。
「身長と手足の長さのバランスが非常にいいね。
張った肩に、この細い腰!すらりとした脚!思っていた以上に小振りな顔!
オリエンタル系にしては彫が深いよね。琥珀の瞳も神秘的で実にいい。
どんなデザインにしようか、こんなにワクワクするのは久しぶりだ!」
何度か仮縫いをして漸く出来上がったそれは、本当に最高の一着だった。
仮縫いなど面倒臭いと渋る虎徹さんを引っ張って通った甲斐のある仕上がりである。
全体的にはクラシックな印象だが、まさに彼の為のタキシードだ。
生地は上質のカシミアウールである。
絹地を乗せたショールカラーのシングルのジャケットは、ボタンも同じ生地の包みボタン。
背中から腰に掛けてのラインが魅惑的な曲線を描くシルエットに仕立てられていた。
サイドに側章の入ったスラックスが少し細身なのは、虎徹さんの足の細さに合わせた為だ。
最近はカマーバンドが主流になっているが、
彼にはウエストコートが合わされている。
腰の括れがカマーバンドよりもずっと強調されるからだった。
シャツは、フロントに細かなプリーツが配されたもの。
ブラックタイはもちろん絹だ。
ポケットチーフは本来なら白だが、そこだけクラシックな雰囲気から離れ、
バディカラーの黄緑色を差し色にしてあった。
一緒にオーダーしたドレス・チェスターフィールドコートも良い出来だった。
カシミアの生地で、上衿はベルベット、ラペルは拝絹、ボタンが見えない比翼仕立てで、
美しいダーツのラインで虎徹さんの腰を魅せる。
同素材で作られたホンブルグ・ハットを被り、
エナメルのストレートチップの靴を履けば、彼は完璧に決まっていた。
全体的にかなりクラシックなスタイルなのだが、
虎徹さんにはそれが非常によく似合っているのであった。
寧ろ、クラシックでシンプルであるが故に、彼の魅力が光る、
そんなデザインだと思った。
「なぁ、バニー、こんな見るからに高級そうな服、俺が着ても大丈夫なの?
ていうか、お前、本当にこれ全部俺にくれる気なの?いったい幾らすんだよ・・・。」
虎徹さんは、何だか居た堪れないという顔をして言う。
だが、この服のデザイナーは、先程から絶句したまま虎徹さんに見惚れている。
それが何よりもの賛美であった。
「とてもよく似合っていますよ、虎徹さん。
それに、男が愛しい人に服を贈る理由なんて一つしかありません。」
後のセリフは耳打ちで伝えた。
途端に音がしそうな勢いで顔を真っ赤にした虎徹さんが大きな声を出した。
「ば、バカ!こんなところで何言ってんだ!これだからハンサムって生き物は・・・。」
一人で恥ずかしがる虎徹さんの腰に腕を回し、僕は社長に礼の言葉を述べた。
「非の打ちどころの無い、非常に良い仕上がりです。
貴方が力を入れてデザインして下さった事が良く分かります。ありがとうございました。」
社長は、僕の言葉に詰めていた息をふうと吐き出した。
「いや、此方の方こそお礼を言わせて下さい。
ワイルドタイガーのような逸材に会わせて下さった事を感謝します!
こんなにデザインし甲斐のある方は珍しいですよ。
バーナビーさんにデザインするのと同じくらいに楽しみました。
また何かおありでしたら、是非うちにいらして下さい。」
満面の笑みで握手を求められ、虎徹さんを褒められた僕もとても嬉しかったのだった。
ミズ・シーモアによると、その後、その社長はワイルドタイガーが出席したパーティーで、
あの衣装のデザインを任されたのは自分であると胸を張り、
その場で話を聞いていた紳士達から次々にオーダーを持ち掛けられていたという。
今も、ショーの為のフォーマルウェアのデザインの構想は、
ワイルドタイガーになら、どんなデザインが似合うかなのだと公言しているというのだ。
そんなわけで、今や空前のワイルドタイガー旋風がファッション界で巻き起こっていた。
パーティーに出席を求められる度に、虎徹さんのワードローブが増えていく。
暫くすると、ワイルドタイガーに身に付けてもらいたいと、
カード付きで会社に荷物が届くからだった。
アクセサリー、靴、休日のプライベートな外出の時の変装用にと伊達眼鏡まで。
それらは、ワイルドタイガーに会って創作意欲を掻きたてられたからと、
感謝の印として贈られるのだ。
何時ものシャツと同じ型でありながら、高級な白い綿生地で作られたものに、
これも何時ものベストとスラックスと同型である、
チャコールグレーの艶のあるウール生地で仕立てられたセット。
ネクタイも一見同じようだが、パールが使われていた。